海外で暮らして、日本人でない友人ができ、彼らとある程度親しい関係になると、一度は宗教のことを訊かれるものです。
「あなたは?日本人全般的には?」
私の場合は、はじめて階下の女性にこの質問をされたときに
「仏教だよ。クリスチャンもいるよ。」としか答えられませんでした。
彼女はそれ以上訊きませんでした。
お粗末...
小学生の容姿でこの回答なら恐らく許されるでしょうが、現場の私は質問に回答するという命題だけで目一杯になり、回答の質まで頭を使える余裕がありませんでした。
なので、あれがお粗末なことだったと自分で気付くのはずっと後になってからでした。
私が知る限り、「自分の宗教への理解度の低さ」において日本人はかなり下位、特に先進国中で軽く最下位なんじゃないかな...と自分を棚に上げるわけですが、いかがでしょうか。
これから海外で暮らす計画のある方は、少なくとも自分の宗教のこと、日本人とは?というテーマで、自分なりの考えをまとめておくことをお薦めします。
それが正しい、間違っているなんてことは問題ではありません。
「私はこう思う」という意思が必要です。
と書いた後、自分の場合は...と続けるととても生意気な感じになってしまいますよねぇ...
まいっか。
「当時の私」はこう答えることにしました。
私は無宗教です。
実際にはファミリーで仏教のお寺にいくので、仏教なのですが、自分が仏教徒だと言えるほど仏教のことを知りません。
今の平均的な日本人は、神の子としてこの世に生を受け、キリストの前で結婚し、死んで仏となります。
そういう意味で多くの日本人は無宗教なのです。
こんな理屈っぽいことを人さまに言うことを恥ずかしく感じますが、当時の相手は皆真剣に聞いてくれました。(笑)
ところが、最近になって...
実はそれこそが聖徳太子が求めた世界だったという、堺屋太一さん原案のテレビ番組を観て、大変驚きました。
そこまで付け加えて自分の言葉で言えていたら、もっと彼らに印象深く聞いていただけたと思います。
「いいとこどり」の思想というそうですが、垣根を取り払って世間を広く見渡し、自分が良いと思うものは素直に、積極的に取り入れる...ということ。
今の世の中を太子が望んだものだとは思えませんが、少なくとも宗教のいいとこどりはできていますよね。
ところで、小学校の歴史で学んだ遣隋使ですが...
アポなしでいきなり訪れ、言葉はどうしたんでしょうか?
隋と倭はそのまま筆談が通用したってことなんですか?
神話と実話の境目ってどこなんでしょうか?
調べてもさっぱりわかりません。
学校では断言する形で教えられてたはずなんですけどね。
調べると何も断言されていないんですよね。