2007年11月25日

喜ばれる子供向けプレゼント

暮らしていると現地の人と交友関係になることが増えてきます。

私の場合、一番よくしてくれた音楽プロデューサーは家族ぐるみで~といっても私は一人でしたが~お付き合いしてくれました。
家族ぐるみでの付き合いになると、例えば子供の誕生日パーティーなんかに呼んでもらったりします。

私は第1子(女の子)の1歳の誕生パーティーに招待され、手ぶらで行くわけにもいかず、プレゼント選びに大いに悩みました。
ミッドタウンのデパートや、アパート近くのかわいいお店なんかをたくさんまわりました。
でも、何が喜ばれるのかさっぱりわからずで...
悩んでいる間にもパーティーの日はどんどん近づいてきて、下手すると最悪のケースになりかねなかったので、とにかくお店を決めました。

5番街58丁目の「F.A.O.シュオルツ」は、トムハンクス主演の「Big」で出てきたおもちゃ屋さんです。
日本人的感覚?の「贈り物は○○デパートの包装紙」で、このお店のラッピングなら問題あるまいと思い、今日は必ずプレゼントを買って帰ると心に決めて出かけました。

ぬいぐるみのような平凡なものにはしたくありませんでしたし、値段は適切なものにしないとおかしなことになっら嫌でしたし、結局2時間くらいあれこれ見て回った結果、クレパス、色鉛筆なんかがセットになったものを購入しました。
20ドルくらいだったと思います。

当日、初めてのアメリカの誕生パーティーに出かけると...
結構みなさん手作りのプレゼントを用意していて、人形だったり、どうやって使うのかわからない意味不明な物体だったりで、ラッピングも自分で包装紙を選んでサクっと巻いてきましたみたいな感じでした。

私のプレゼントは幸いにも大変喜ばれて(両親に)、誕生日の後も何度もお礼を言われて恐縮しましたし、そのセットを使って子供が描いた絵もたくさん見せてくれました。

お店のチョイスもよかったようです。

すでにお絵かきセットを持っていても、消耗品ですから問題ありません。
おすすめですよ。

2007年11月22日

アンザッククッキー

さらにもう一発いきます!
日常的に食べていたスイーツネタ第5弾です。

今回もオーストラリア編で、アンザッククッキーです。

オーストラリアのアンザッククッキー

第一次世界大戦中、戦地に赴く夫や息子の健康を案じた女性たちが工夫して作ったのが始まりだそうです。
そう聞くと特別な日に焼くクッキーのように思いますが、実際はキオスクなんかでも買えます。

初めて食べたのは渡豪して、アパートを探す間お世話になっていたホテルでした。
室内にコーヒー、紅茶が用意してあって、お茶うけにクッキーが数種類置いてありました。
その中で一際美味しかったのがアンザッククッキーでした。

レシピはわかりません。
何だか木の実系のものなんかがザクザク粗めに入っていて...
入っていてというよりは、そのものの寄せ集め的な感じですが...
これら一つ一つの食感がたまらないわけです。

これはアメリカで食べたどのクッキーより美味しかったです。

2007年11月21日

マクドナルドのソフトクリーム 25円+

もう一発いきます!
日常的に食べていたスイーツネタ第4弾です。

今度はオーストラリア編です。

1992年夏のこと。
マクドナルドのソフトクリーム(現地ではソフトサーブコーンといいます)が値下げされ、怒涛の30セントになりました!
証拠はこちら ↓

豪ドルで生活している感覚では30円ですが、当時の為替レートは「豪1ドル=85円」でしたから、そういう見方では25円50銭です。
別に量が少ないわけでもなく、食後にちょうど良い感じでした。

これは期間限定企画だったため、あとで後悔することがないように私は毎日最低1個、多いときは3個を食べました。

私だけでなく、あまりにたくさんの人たちがかぶりついたため、限定期間終了後に復活することとなりました。
日本でもちょっと前に平日の14時以降はサンデーが100円でしたね。

だけど日本にはミニストップがありますからね、いくら100円でもそのためにクルマを走らせる気にもなれず...
でも、一番好きなソフトクリームは KIHACHIソフトクリーム です!

2007年11月20日

ホイップクリームとバゲット

日常的に食べていたスイーツネタ第3弾です。

アメリカにはスプレー式のホイップクリームが売っています。
普通にどこのスーパーにでもあります。

これは私がアメリカで食べていたものとは別ブランドのものですが、日本で入手可能なようです。
エアゾール式ホイップクリーム

私はこれをずっと生クリームだと思って食べていました。
バゲットを買って、このホイップクリームをつけて食べるのが大のお気に入りでした。
クリーム1本で、バゲット5本くらいもちました。

できればあのまま生クリームだったと信じていたかったのですが...
あの味をもう一度食べてみたくなり、日本で入手できないかネット検索していて見つけちゃったのです。

こんな記事を見つけてしまいました。

日本では牛乳が比較的高価なため、植物油を泡立て、クリームと似たような形状と色にした"ホイップ(クリーム)"という代替品ができている。真のホイップクリームはクリームをホイップした(泡立てた)だけの物なので、商品にはホイップクリームという表示はされていない。模造品のホイップクリームとの区別が明確になるように、本物のクリームを生クリームと俗称する。また、アングロアメリカでも「クールウィップ」(Cool Whip) という模造ホイップクリームがクラフトフーズ社から販売されており、泡立てる必要がなくホイップ状態が長期間持続する簡便性から広く普及している。

ホイップ(クリーム)以外の"クリーム"類は(下記参照)すべて牛乳でできており、乳等省令の分類におけるクリームは、「生乳、牛乳または特別牛乳から乳脂肪分以外の成分を除去し、乳脂肪分が18.0%以上にしたもの」と定義されている。

この海外食料品の主な素材が日本で高価なために、国内のより安い素材で代替されるという発展は、ビールと発泡酒の関係やチョコレートのココアバターの代替と似ている。

知らぬが仏です。

2007年11月19日

ニューヨークチーズケーキ

日常的に食べていたスイーツネタ第2弾です。

前回のエントリーでも書きましたが、何しろ私はバタークリームが大嫌いなので、外でケーキを食べることはありませんでした。
...が、甘党の私がケーキゼロ生活などできるはずもなく、スーパーでチーズケーキ(ホール)を買ってきて食べていました。

日本のパスコのような大きなベーカリーが量産したものをスーパーでクッキーなどと一緒に売っているのですが、これが安くて値段から想像する以上においしいのです。

渡米前の私のボキャブラリーの中に「ニューヨークチーズケーキ」とか「チーズケーキニューヨークスタイル」といったものはなく、「ベイクドチーズケーキ」と「レアチーズケーキ」の連立与党でした。
ところが、そのスーパーで買うチーズケーキの箱には「ニューヨークチーズケーキ」と書いてあり、「どこからどう見てもベイクドチーズケーキじゃねえか!」と恥ずかしいツッコミを何度か入れたことがあります。

その後、「ベイクドチーズケーキ」と「ニューヨークチーズケーキ」は同じものに違いないと自分の中で消化したものの、結局どうして「ベイクドチーズケーキ」が「ニューヨークチーズケーキ」と呼ばれるのかわからないままでした。

そこで、調べてみました。
数あるおはなしの中のひとつに過ぎないと思いますが、ご参考まで。

ニューヨークチーズケーキは、ニューヨークに移住したユダヤ人たちから広まったベイクドチーズケーキの一種で、クリームチーズが全体の50%を占めており、コンスターチなどの粉を少量に抑えて酸味のあるサワークリームとケーキ底にグラハムクラッカーを厚めに敷き、じっくり蒸し焼きしたものだそうです。

これはハーゲンダッツのように即完食というわけにはいきませんでしたのでしたが、必ず24時間以内になくなっていました。
ホールに直接スプーンで挑むあのわくわく感は一度味わうといつまでも忘れられません。

変な落ちになりますが...
どちらかというと「レアチーズ」のほうが好きです。
m(_ _)m

2007年11月18日

ハーゲンダッツ / 日

私は超がつく下戸で、超がつく甘党です。 m(_ _)m

といいましても、甘ければ何でもOKというわけではなく、例えばバタークリームのケーキは大嫌いですし、甘納豆をわざわざ買って食べようとは思いません。

アメリカの一般的なケーキはバタークリームで、カフェでおいしそうに食べているおばあちゃんのケーキも十中八九はバタークリームです。
そんなわけで、カフェやレストランでケーキを注文したことはありません。

在米中に一番食べたスイーツは「ハーゲンダッツ」です。
スーパーで毎日パイント(473ml)をひとつ買いました。
冬の寒い日も、風邪をひいていても、これだけは欠かすことはありませんでした。
どちらかというと「フローズンヨーグルト」シリーズを好んで食べました。
気休めばかりの低カロリーと、普通のシリーズより安かったからです。
味もストロベリーやピーチなどなど多種で充実していました。

当時、フローズンヨーグルトのパイントは1.99ドルで買えました。

スーパーからアパートまでの50メートルくらいを歩いてくると夏場にはほどよいかたさになって、スプーンの入り具合が大変気分よかったことを覚えています。

買ってきたハーゲンダッツは我が家の冷蔵庫に入るまもなく私の胃袋に収まりました。

あれだけ毎日食べてもそれほど太らなかったのは年齢の問題もあると思いますが、とにかくよく歩きましたからそれが良かったんだと思います。

今なら1ヶ月で10Kgくらい増えそうです。

2007年11月12日

英語キャラな自分 その5

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

海外生活を終えて帰国し、早13年。
日本社会でサラリーマンの端くれとして生活してきました。

さすがに、海外で生活していた頃の自分とは価値観が大きく違った私が今ここにいて、
「もうあの頃のようなキャラは意識しても着れないなあ...」
と感じたことから「英語キャラな自分」として自己分析をしてみようと思ったわけです。

今考えると激しい無知を掲げて無謀の連続、ポジティヴに表現すると行動力抜群!
常に全力でそれなりに充実した時間だったと思いますし、あのテンションでなければ堕落の生活しかなかったんだと思います。

なので、英語が身につくにつれて英語キャラの自分ができてくると書いたことは「私の場合」に訂正させていただきます。
同じ私であっても、初めての海外生活がオーストラリアのときのようにサラリーマンとして海外赴任する状況であれば結果は違ったものであったと思います。

ところで、海外で5年弱過ごしたことに対して後悔はないか?
と自分に問うと...
次回のエントリーでそのことを書こうと思います。

2007年11月11日

英語キャラな自分 その4

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

「当たって砕けろ!」

若者の専売特許です。
ある程度大人になると「砕けない方法」を考えて、計画的に物事に取り組まねばなりません。

渡米前の私はどちらかというと楽観的で「ミュージシャンになりたい」という夢以外のことはどうでもいいこととして、とにかく考えることや努力を一切しませんでした。
すべてが成り行きまかせで、大人から見たら「無気力」だったかもしれません。
そういえば私たちの世代は世間から「新人類」と言われていました。

そんな私が「当たって砕けろ!」を実践しはじめたのは、渡米してからのことでした。
意識してそうしたわけではありません。

日本にいた頃は親や友人たちが力になってくれたり、意見してくれたり...
同級生がするように自分もしておけば流れに乗れたり...
ある意味周りがどうにかしてくれるところがあったので、「当たって砕けろ!」的な行動を起こす必要がなかったんだと思います。

ところがアメリカでは親も友人たちも遠く離れてしまい、家庭用ファックスさえもほとんど普及していなかった時代ゆえ、限りなく一人になり...東京時代より一歩進んだ一人暮らしがそこから始まりました。

一人でいると電話は全く鳴りませんし、誘ってくれる友人もいません。
自分から行動を起こさないと何も始まらない環境だったので、「ハッタリ上等!」「当たって砕けろ!」にならざるを得ませんでした。

アメリカはそんな若者に寛大でほとんど砕けることはありませんでした。
出会う人みんなが、その場でその人たちに出来る最高の仕事で私を導いてくれました。

一度当たって通ると「あれ?そういうものなの?」と若者独特の勝手な思考が芽生え、それが2度、3度と続くと完全に自分を誤解します。
...ていうか、していました。

そうやってキャラを着ていったんだと思います。

2007年11月10日

英語キャラな自分 その3 (翻訳の能力)

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

「アメリカキャラを着る」には「英語で考え英語で会話する」ことが前提ですが、「英語が使える」ということと「翻訳をする」ことは別の能力が必要になります。

「英語で考え英語で会話する」環境で生活して習得する英語は、他人(テレビや映画を含む)が使っている言葉遣いで目立つものをニュアンスで理解していくため、単語として覚えるより文として覚えることの方が多くなり、その文の深い意味を考えず「こういう場面でこう言う」といった感覚で "身につけていく" のです。

そうして身につけた英語は、日本で上手くフィットする場面がないことが多々あり、辞書で調べて和訳してみても自分のニュアンスに合わないことが多いです。

さて、翻訳に話を戻します。

例えばA4の英文書をざっと読みます。
英語で理解しています。
では、それを日本語に翻訳しなさいと言われるとボロボロに壊れてしまいます。
うまい日本語が見つからないので、A4文書1枚を翻訳するのにパソコンに向かって1時間かかったりしてしまいます。

日常会話に困らない英会話の能力があっても、翻訳の能力はそれとは別の次元で存在しているのです。

...と言い切ってしまっては語弊がありますかね?
私にとってはそれがキャラを着ている違和感のひとつなのですが...

2007年11月 8日

英語キャラな自分 その2

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

アメリカキャラな私は他人を褒めることに一切の抵抗や、恥ずかしさを感じませんでした。

例えば、日本で素敵なジュエリーを身につけていたり、とてもその人に似合う帽子をかぶっていたりする人を見かけても、「お似合いですね」と声をかけることはありません。
心ではそう思っているのですが、恥ずかしくて言えません。
また、私が「お似合いですね」と声をかけることで、相手の方が恥ずかしくなってしまったりして、かえって迷惑をかけるのではないかという思いもあります。

でもアメリカでは一日一善じゃないですけど、出かけると一度は誰かの何かを褒めました。(冬の屋外は無理でした)
何も恥ずかしくなかったですし、相手も "Thank you." とニッコリ返してくれるだけで、「ゲェ!ナンパしてきた」といった空気は一切ありませんし。

物事には何でも最初がありますが、初めてそうやって他人に声をかけたのがいつで、どんな場面だったか...まったく覚えておりません。
言葉がまったくダメだった頃は当然していませんでしたし、多分アメリカキャラを着だした頃だと思います。

男性には意図的に言いませんでした。
誤解されて困ったことになってはいけませんので。(笑)
でも自分もそれが欲しいと思うような靴などを身につけた人をみると、やはり声をかけて「どこで買ったか」まで訊きました。
運良く教えてもらったお店で現物を見つけても、自分には似合わないことばかりでした。

私自身もストレートのロン毛だったころは、女性によく褒めてもらいました。

2007年11月 7日

英語キャラな自分 その1

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

英語力が伸びるにしたがって、英語で聞いて英語で答えるようになります。

日本で暮らしている日本人でも、外国人に「ハロー!」と言われて...
~ハローってことは"こんにちは"だな、じゃあ自分も"こんにちは"と返すべきだ、"こんにちは"は英語でハロー~
「ハロー!」
なんてプロセスを踏む人はいないと思います。

「ハロー!」と言われて「ハロー!」と返す。
これが普通ではないでしょうか?

そんな感じで日常の会話が成立するようになっていきます。
あえて説明するなら、英語で聞いて、英語で考えて、英語で答えるって感じです。

それと平行して私のような根がバーテンな男の場合、
アメリカで暮らせばアメリカキャラ、オーストラリアで暮らせばオーストラリアキャラになり、言葉と一緒にその環境の中でスムーズにやっていくためのキャラを着るようになってしまいました。

アパートで寝転んで日本語放送を見ているときは、タバコをふかして「しょーもない」「アホか」と虚しいツッコミをいれ、外出して映画館に行くとコーラ飲んでポップコーン食って「Yeah!」です。
日本ではカチンときていたような店員さんの不手際も、アメリカキャラの自分は寛大に受け止めたりします。

これ英語で attitude といいます。
学校で「態度」と習った「アチチュード」です。
もちろん「態度」という意味はありますが、ここでいう attitude は、日本語のキャラです。

そもそも日本語のキャラは、英語のキャラクターから来ていると思いますが、その話は置いておいて...

アメリカにはアメリカの、オーストラリアにはオーストラリアの好まれる attitude があり、自分なりのアンテナで感じたキャラを着るようになりました。
過去ログ「歌えばいいじゃん!」で書いたことなどは典型的なアメリカキャラを着た私。

それが良いことなのか、悪いことなのかは今でもわかりません。
今後数回に分けて考えてみようと思います。