2007年10月31日

ハロウィン

ハロウィンについて別の記事で書いた気がしたので探してみたのですが、見当たりません。
もし、読んでいただいたことだったらごめんなさい。 m(_ _)m

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すっかり日本の年中行事になってしまった「ハロウィン」ですが、私は渡米するまで知りませんでした。
20歳前後の人たちは昔からあったものとして普通に受け入れているかもしれませんが、私にとっては新参イベントです。
ですが正直言って、今でもハロウィンが何なのか知らないままです。

渡米前当時の私の生活範囲の中には「ハロウィン」なるものは存在せず、~もしかしたらソニープラザあたりでは紹介されていたかもしれませんね~、10月末といえばもうクリスマスに向けて下準備を始めねばならず、他のイベントにうつつをぬかしている場合ではありませんでした。

クリスマスに十万円使う大学生はザラの時代でした。

それはさておき、私がニューヨークで最初に迎えたハロウィンは渡米後2ヶ月でやってきて、言葉も文化も何も理解していないときだったのでお店にかぼちゃが並び始めたときも「変なキャラクターが流行りだしたんだな。かわいくねぇ~っ」なんて思っていました。

後にハロウィンについて、このようなことを教えられました。
1.かぼちゃをくりぬいて顔を作る
2.子供にキャンディーをあげる
3.仮装してパーティーに参加する

どうしてもこの意味、話がつながらず、私にとっては「どうでもいいこと」になってしまいました。
当日は家で過ごし、街の様子を見ることもありませんでした。

翌年の10月31日...

夜8時くらいだったでしょうか、寝転んでテレビを見ているとドアをノックする音が...
私はセンターロックを解除した覚えはないので、誰かのお客さまが間違って私の部屋をノックしたんだと思いました。

すると...

子供がなにやらドアの向こうで言っています。
子供の友達はいませんでしたので、子供英語はさっぱりわかりませんでした。

ドアののぞき窓から見ると、変な帽子らしきものが3つ。

不審に思いドアを開けると、
顔に変なメイクをし、かなり変わった帽子をかぶり、マントを着た子供が3人...
「dfvgbんmk!」

何か言っています。
私があっけにとられているともう一度
「sxdcfvgbhんjm!」

さっぱりわからず、「家に帰りなさい」と言ってドアを閉めました。

翌日階下の女性に電話しました。
「昨夜変な子供が来たけど、そっちには来なかった?」 ←超まじめな口調で。
「ワハハハハハハ!」
「何?」
「それでどうしたの?」
「家に帰れって言ったよ」
「ワハハハハハハ!」
「...。」
「キャンディーをあげなきゃ」
「え?」
「ハロウィンの日には子供が仮装して近所を回るのよ。で、キャンディーをあげるの」

 ...仮装するのはクラブに行く若い男女だけだったんじゃないのか?????

私はどうも意味がわからず、彼女にワハハ笑いされたこともあり、それ以上詳しく訊こうとしませんでした。
ただ、子供たちに悪いことをしたなという気持ちだけはあったので、翌年はキャンディーを用意しておこうと思っていました。

実際、翌年は私が外出していて留守だったので子供たちに会うことはありませんでした。
ちょっと心残りです。

このままハロウィンをわからないものとして放置してはいけないとネット検索...
やっぱりよくわかりません。
収穫祭なんだけど、歴史とともに変化してきて、こうなったってことのようですが、現場を経験していない私にはその変化についていけず、結局ありのままを考えずに受け入れるのが良さそうです。

2007年10月29日

家賃の値上げ

ニューヨークのアパートの家賃は契約更新ごとに5%~10%値上げされます。
契約は2年が一般的なようですが、独身者が借りる場合これを満了するケースは少ないようです。

このごろは聞かれなくなりましたが、日本でも私が大学生で一人暮らしだったころは契約更新時に家賃が値上げされるのは当たり前のことでした。
ところが、バブルが崩壊して、帰国して以来、入居したアパートの家賃が値上げされたことは一度もありません。
そうなると、以前は当たり前と思っていたことが「何で?」と腑に落ちなくなるのは、我ながらおかしなものです。

本来世の常として、新品は中古より高くて当たり前です。(プレミア云々という話は抜きで)
ですから、住んでいるうちに年月が経ち、中古度が増すわけですから、契約更新時に家賃が安くなっていくのが本来あるべき姿ではないでしょうか?

で、ある程度古くなってきて、空室ができたらリフォームして家賃を値上げする。
これなら、借りる側としてもリフォーム済み第1号ということで、建物自体が古くても高めの家賃にも納得すると思うのですが...

でも実際には内部事情が色々あるのかもしれませんね。

さて、ニューヨークの場合は築100年以上の物件がたくさんあり、そんな超中古物件でも普通に家賃は上がっていきます。
私のアパートも超中古物件でしたが、更新時に提示された金額は5%アップでした。

ですが、値上げ幅には交渉の余地があることを知っているほうが得をします。
家主さんが管理人である場合、契約更新の3ヶ月前くらいに「今度からいくらになるの?」と確認するとその場で大体の線を言ってくれます。
「5%アップの1,050ドルです。」
 ...といった具合に。
その場で、「何とか1,025ドルくらいにしてもらえないか?」とお願いしておくと、場合によっては即OKです。
くれぐれも契約書が手渡される前に交渉しましょう。

「それはちょっと難しい」
という答えだったら、オーナーが所有するほかの物件で何かないか?を確認しましょう。
場合によっては、同じ部屋数、似た間取りで今の家賃より安くなることもあります。
私はこちらでした。

しかも同じオーナーの物件内での移動のため、敷金、礼金的なお金は不要でした。

2007年10月22日

友人案内

私がニューヨークに滞在している間にたくさんの友人が私を訪ねてきてくれました。
とてもありがたいことです。

今朝ふと考えたのですが、友人たちは私の案内に満足してくれたでしょうか?

有名な景色を見せてあげると言ってはブルックリンブリッジを歩いて渡り(もちろん歩いて帰ってきました)、変わったマクドナルドがあるからと言っては連れて行き、ジャズを聴きに行こうぜとブルーノートに連れ出したり、俺が好きな公園と言ってリバーサイドパークへ...

今思い起こしても友人たちが何を見たかったのか、何をしたかったのか、どうしてニューヨークだったのか...
一切心当たりがありません。

多分会ってすぐに「どこ行きたい?何したい?」と訊いたと思うのですが、そのリクエスト以上に自分が見せたいものを優先したんじゃないかと今更ながら心配になってきました。

実はリバティアイランドに上陸したかったかもしれませんし、ハーレムを散策したかったかもしれません。
映画を観たかったかもしれません。

食事はバリエーションを持たせてあれこれ食べてもらったと思いますが、実は日本食レストランで野菜炒め定食を食べたかったかもしれません。

つまらない思いをさせていはいけないと、朝から夜まで付き合いましたが、実は放っておいてもらって自分の足で動きたいという気持ちがあったかもしれません。

そもそも友人たちから「ニューヨークに行く」と連絡をもらった時点で、私が勘違いして案内役にならなければならないと思い込んでいたのかも知れません。
彼らにしてみれば「一回メシでも食おうぜ」というニュアンスでの「ニューヨークに行く」だったのに、「着いてから帰るまで寝るとき以外ビッシリはりつきやがって...まあ、あいつも淋しいんだろうな。」ってことになってたのかもしれません。

根っからのおせっかいな田舎者です。
と、自己反省。

そういえば、あっちで知り合った日本人が転職して旅行社に入社したとき、私にこういいました。
「katzは絶対ガイドに向いてるって。やってみたら?仕事まわすよ。」
その人、見る目がなかったですね。(笑)

当時の私がツアーガイドになっていたら、問題おこしまくりでしたよ、きっと。

2007年10月21日

歯痛... どうする!?

海外で暮らしていて一番心細くなるのは病気をしたときだと思います。

風邪などの療法は誰にでもそれなりに知識があり、多少のことなら病院に行かないケースが多いと思いますが、歯ばかりはどうしようもありません。

私は海外生活中に一度だけ病院(?)に行きましたが、それが歯医者でした。
今回はその話を書きます。

ある夜、私は寝転んでテレビを見ながらハイチューを食べていました。
何味だったかは忘れました。 m(_ _)m

3個目だったでしょうか...
奥歯で噛んでいたら、ほんの一瞬歯の内部に空気が入ったようなスッとした感覚があり、詰め物が取れたと確信しました。
恐る恐る舌の先で該当箇所を触ってみると...
取れていません。

洗面所の鏡で確認します。
...取れていません。

「何だったんだろう? まいっか。」

私は反対側の奥歯を使って、ハイチューを食べきりました。

深夜2時頃、あまりの歯の痛みに目が覚めました。
熱もあるようです。

一気に不安のどん底です。
「自分の保険は歯もカバーされているのか?」
「どこの歯医者に行けばいいんだ?」
「症状をなんと説明すればいいんだ?」
「いくら必要なんだ?」
次々と湧き出る不安と痛み、そして熱にうなされながら朝を待ちました。

7時... もうそろそろ良かろうと階下の女性に電話しました。
なんとか自分の状態を理解してもらい、彼女はあちこち電話してくれました。
そして「大体どこの歯医者に行っても350ドルくらい必要らしいわ。」
高いとは聞いていましたが、まさか4万円もするなんて...
でもすぐにでも診てもらわないと痛くて寒くてたまりません。
彼女に「もっと安くすむ方法はないのだろうか?」と聞いてみると、
「やってみるわ」と一旦電話を切りました。
10分後...
「130ドルで今すぐやってくれるデンティストを見つけたわ。但し、応急処置だそうよ。あなたが帰国したときに日本の歯医者で正式な治療を受けないと駄目ですって。あと、領収書は出さないって。」
その時点でいつ帰国するなんてわかりませんでしたが、そのデンティストと予約してもらい、着替えて出かけました。

到着すると、普通の歯医者で、先生も人柄のよさそうな感じで一気に安心しました。

やはり詰め物は取れていました。
一瞬取れたものの、元の位置に上手く収まり、安定していたから外れずについていたそうです。
「むしろ外れていたほうが昨夜は寝れたかも」と先生。

治療はすぐに終わり、私は見る見るうちに回復しました。

数年後...
私は福岡にいました。
ずっと気になっていたニューヨークでの仮治療をやり直すため、会社の近くの歯医者に行きました。

私の奥歯に施された仮治療を診た先生は...
「なんこれ?」
...なんて言い方だ。こちとらこれで数年間生活してるっちゅうねん!
「どういう意味ですか?」
「ひどいねぇ。わけがわからん。」
「はぁ... あのぅ... 仮の処置をしておくから日本でちゃんと治療するように言われました。」
「仮っ? 意味がわからん。」
「お金もなかったし緊急で仕方なかったんです。」
「そう。これいくらだったの?」
「15000円くらいです」
「へぇ~っ。アメリカの歯医者はいいねえ。」
「...」

さて、私的にはOKだったんですけど、実はダメダメのことをしてしまったようです。
海外で生活する人は、歯の治療もカバーされた保険を選ぶことをおすすめします。
そして、保険があっても一時的に自分のお金を支払うことになるので、銀行口座に最低でも1000ドルくらいのお金を常にプールしておいたほうがいいと思います。

2007年10月20日

動物アレルギーの方は要注意です。

ニューヨーカーは犬好き、猫好きです。
どちらかというと犬好きのほうが多いように思います。

独身者が多いマンハッタンでは、動物を飼うというのはひとつのよりどころになるのでしょうか。

セントラルパークなど「パーク」と名のつくところに行くと犬を散歩させている人たちを見ることができます。
みなとてもおとなしく、よく調教されたように見え、日本の田舎で見られる野性味あふれる犬はほとんど見られません。
犬は英語が理解できるのか?と考えてしまうほどです。

後から知ったことですが、ほとんどが去勢手術を受けるためおとなしくなるそうです。

さて、そのペットたち...
当然家の中で飼われます。

動物アレルギーの方がアパートを借りる際には大変な問題です。
もしかしたらペットを飼っていなかったアパートを探すのは、日本でたばこを吸われていない中古車を探すより難しいかもしれません。(多分大袈裟)

住人が入れ替わるときに業者を使って徹底的に掃除されるアパートはほとんどなく、大抵はオーナーが自分たちで壁のペンキを塗りなおし、床にワックスをかけて、修繕箇所に手を入れて終わりです。

なので、動物アレルギーの方がペットがいたアパートを借りる場合、入居前にご自分で徹底的に掃除したほうがいいでしょう。
床全面カーペット仕様(高級な物件にありがち)は避けたほうが良いかもしれませんね。

オーナーに確認すれば、前の住人がペットを飼っていたかどうか教えてもらえると思いますが、その人自身は飼っていなくても恋人がよく連れてきていたりしますので、参考にならないでしょう。

2007年10月18日

追突事故

昨日亀田親子が記者会見を開いたことが大変な話題になっていて、ニュース、新聞を賑わしています。
世論は批判的であったり、同情的であったり、勝手にやっとけば...など様々のようです。

批判的な意見としては、
「まず内藤チャンピオンに謝罪するのが先だ」
「誠意が感じられない」
が圧倒的に多いようです。

一連の報道を見ていて、シドニーで追突事故に遭ったときのことを思い出しました。

それは日曜日の夕方のことでした。
私は仕事の関係でクルマで出かけ、一仕事終えてアパートに戻るところでした。
私のアパートはシドニーの繁華街「キングスクロス」にほど近く、市街地からのルートは色々あるものの、その日私はキングスクロス入口交差点を通過するコースを選んでいました。

シドニーでは渋滞などほとんどありませんが、その日私が選んだルートはそこそこ混んでいました。

キングスクロス入口交差点に差し掛かると、信号が赤になったので私は停止線のところで停止しました。
信号がまもなく青になろうかというとき、後ろにいたクルマが「コツン」と私のクルマに接触しました。

日ごろのストレスのせいもあったと思いますが、私は一瞬でクルマを降り、後ろのドライバーにこういいました。
「免許証を出せ!」
どこかで冷静な自分がいて、「いきなり免許証かよ!? 何で免許証? 免許証見てどうするの?」といっておりました。
そんな冷静な自分にも腹が立ち、もう一度大声で言いました。
「免許証を出せ!!」

そのクルマにはカンボジア人と思われるアジア系の父、母、小学生の息子の3人家族が乗っていて、そもそもクルマから降りようともしません。
あるいは降りたら私に殴られると身の危険を感じてのことだったかもしれません。

しかし、その態度が余計に私を腹立たせました。
「降りてこいよ!」と私が怒鳴ると、重い腰を上げ父が降りました。
心配そうな表情の母。

母の目は、昔見た難民の写真にそっくりで、冷静に考えれば私が停車しているところへ勝手にぶつけてきたわけですから完全に向こうが悪いはずなのに、私は自分がイジメをしている錯覚に陥りました。

そこで私は落ち着きを取り戻し、「とにかく免許証を見せてくれ」と頼むようにいいました。

ようやく父は財布から免許証を取り出し私に渡しました。
免許証を受け取ったものの、私は自分が何をしたかったのか、どうすればいいのかがわからなくなってしまい、とりあえず氏名、住所をノートに書きとめようと思いました。

名前を写していると、何で俺が書いてんだ?という思いが湧き上がり、父にこういいました。
「ここに住所書け!」
そして住所を書き始めた父に示談を持ちかけ、こういいました。
「ディーラーに持っていって点検する。問題なければ連絡しないが、お金がかかる修理が必要な場合はディーラーの請求書をそちらに送ってもらうから支払ってくれ。」

するとそれを聞いていた息子が私のクルマを指差してこういいました。
「ノーダメージ」
母も続いて「そうよ。ノーダメージじゃない!」とまるで私が父に銃口を突きつけているような錯覚に陥る表情でいいました。
そして住所を書き終えた父が「そうだ。そうだ。ノーダメージじゃないか!」

「点検してノーダメージだったら連絡しないといっただろ?」

ここで、後ろの渋滞が気になった私は自分のクルマを隅に寄せ、家族のクルマも隅に寄せさせ、以降のクルマが前進できるように誘導しました。

...すると

様子を見ながら進んでいく人たちが
「ノーダメージじゃないか。勘弁してやれよ。」
「何だノーダメージじゃん。つまんねぇ。」
などと私にいって行きました。

クルマを隅に寄せたものの、その必要がなかったことに気づき家族にいいました。
「もう行けよ」

父は私を恨めしく睨みつけながら去りました。

私はクルマに乗り込み、頭を整理しました。
自分の身体は何ともないし、クルマにも目立った外傷はなかった...
何に腹が立ったんだろう?

恐らく私が降りていったときに、父が「ソーリー」とそれなりの表情でいっていれば「気をつけろ!」くらいですんでいたはずでした。
結局最後まで謝罪の言葉なく、私を睨みつけて立ち去った父...

何気に父が書いた住所を見てみると...
「全く読めねぇーっ!!」
あきれ果てて笑うしかありませんでした。

ずっと忘れていたのに、亀田親子の会見を見て突然に思い出しました。

2007年10月16日

向かいのミュージシャン

アメリカのミュージシャンはみなカリフォルニアに住んでいるイメージ...なんて私は勝手にそう思っていました。ニューヨークはジャズのイメージで、ロックやR&Bはカリフォルニア、そんなイメージでした。

ところが実際にはニューヨークにはミュージシャンがウヨウヨいました。
渡米後に知ったことでしたが、日本でも名が知られているようなビッグネームの中にもニューヨークでアマチュア生活をしていた人は多く、成功するとあちこちに家を買い、カリフォルニアで過ごすことが多くなるためカリフォルニアのイメージが濃くなっているのでした。

で、そのニューヨークですが、とにかくミュージシャンが多いです。
私のアパートのブロックだけでも、1組バンドが共同生活していて、一人映画音楽的なものを作っている人がいました。

今回はその映画音楽的なミュージシャンのことを書きます。

私がアパートを借りて半年位した頃でしたでしょうか...
春になり外に出掛けるのが楽しくなってきた頃、彼は引っ越してきました。
彼が入居したアパートは歩道から半階下がった半地下の部屋(会社の事務所でした)、半階上がったところがメインエントランスというニューヨークではよくある設計でした。

彼はメインエントランス脇の部屋に入居しました。
半階上がるための階段の脇には彼の部屋の大きな窓があり、この窓は高さが2m以上ある、いわゆる「はきだし」の両開き窓でバルコニーがついていました。

彼はこのバルコニーを自分専用のステージとして使いました。
窓の近くにシンセサイザー数台とマッキントッシュをセットアップして、窓を開け放ち、大音量で作曲活動に勤しんでおりました。

通りを歩く人の目線で見ると、ちょっと見上げる位置に、窓を開けて、風で揺れるカーテンの向こうで男性がシンセサイザーを弾いている光景です。
狙ったとしかいいようがない、彼にとっては完璧なロケーションでした。

彼はふわふわでウエイビーなダークヘアを肩まで伸ばし、王子様キャラでした。
冬以外はいつもジーンズとシャツ1枚で、前のボタンを3つ、4つ開けているタイプでした。
そして長袖を2回くらい折っていました。

彼は自分の音楽に陶酔し、カーテンの揺れる向こうで、自分の髪の毛も揺らしておりました。
とにかく大音量で遠慮なしにやるものですから、このブロックではすぐに彼のことが話題になりました。
「なんだあのカッコマンは?うるさいったらありゃしない」
大方の見方はこういったものでした。

そのうち彼はシンセサイザーを弾く手を休めるときにはバルコニーに出て、前を歩く女性に声をかけるようになりました。
反面、私のアパートにいた老人が彼と交流を持とうとバルコニー下で大声で歌いだしたとき、彼が無視を決め込んだことを私は見てしまいました。
彼に声をかけられた女性たちから、彼に関する色んな情報がブロックで知れ渡るようになりました。

一人暮らしで彼女らしき存在もなかったので、私は彼のことをゲイだと決めつけておりました。
ゲイだからどうこうということではなく、突然バルコニーに出てきて発声練習をしたりする彼に対して否定的だったので、そういった否定的感情を「ゲイ」と一言で片付けておりました。
だからゲイじゃなくて、「胸毛」でも良かったですし、「王子」でも良かったのですが、まあ勝手につけるあだ名なんてそんなものですよね。

そのうちに彼は前を歩く女性に声をかけるだけでは飽き足らず、アパートに招き入れ、自分の音楽を聞かせるようになりました。
すると、それまで否定的なことをいっていた女性たちが手のひらを返すように彼のファンになっていきました。
夏にはすっかりブロックの有名人。

神様っていじわる!

2007年10月15日

一年で一番体感的に寒いのは?

私が体験した範囲でのお話ですが、冬寒いニューヨークで一番寒いのはいつでしょう?

日本だと2月と一般的に言われますよね。

ニューヨークはクリスマスから元旦までの約1週間が体感的に1年で最も寒い時期です。

日本でも大変有名なニューヨークのクリスマスイルミネーションを見ようとクリスマスを挟んで5日ほど滞在すると、一番の寒さを体験することになります。

クリスマスイルミネーション自体は12月初めには完成されていますので、本当はなるべく早いうちに見に行くほうがいいのですが、学生も社会人も難しいですね。
大学生でも中旬くらいからになることと思います。

私は仕事で2000年12月中旬にニューヨークに行きましたが、まだ我慢できる寒さでした。

生活していた頃は、この1週間はできる限りアパートから出ないようにしていました。
何しろ僅か数百メートルしか離れていない郵便局に行くだけで、凍えました。
以前に書きましたが、お腹が空いた状態ではとても耐えられませんでした。

この寒さが活かせるのは、スーパーでアイスクリームを買ってアパートに帰る途中に少々寄り道してもアイスクリームが溶けないくらいのものです。

元日をすぎると、寒いことに変わりはないのですが、何となく空気がやわらかくなるように思います。

2007年10月 8日

べーグル その2

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

前回の続きです。

ユダヤの友人に「べーグルはユダヤの食べ物だから、ユダヤ系のデリがいいんじゃない? おれの一押しのお店が katz のアパートのすぐ近くにあるよ。」とお勧めされ行ってみたユダヤ系のデリ。
86丁目とアムステルダムアヴェニューの角にそこそこ大きなレンガ色の教会があります。その教会のとなりにあるデリは一般的なデリのようなお菓子、新聞などは販売しておらず、ガラス戸の外には一切モノを並べないとても質素な佇まいで、バスに乗って外を眺めてても見逃してしまうほど主張がありません。

そんな店の前で思わず「回れ右」をして帰りそうになりましたが、「所詮べーグルじゃん。騙されてもしれたもんだ。」と気を取り直し入店。

初老の店員はとても紳士的な接客で、べーグルのことを訊いたら何でもわかりやすく答えてくれそうです。
プレーンなべーグルを注文すると、「ブルベリー入りもおいしいよ」なんて上品にお勧めしてくれます。
「じゃあそれも!」と2個購入しました。
値段はいつも買っていたデリより安くて驚きました。

お店を出るとまずプレーンのクリームチーズべーグルを袋から取り出し、パクリ...
「あり得ない...」
もう一口かぶりつきます。
「絶対にあり得ない...」

前から歩いてくる人に教えてあげたくなるくらいにヘブンリーです。

そのデリのべーグルは他店では味わえないモチモチ具合で、噛むほどにうまみを増し、クリームチーズと一体となっていきます。
その一つ一つがこれまでに体験したことのないレベルの高さなのです。

以降はそのお店に2日に一度くらいのペースで通いました。
学校帰りにちょっと遠回りして、食べながらアパートに戻りました。

そんなわけで、べーグルは私のニューヨークの味(B級グルメ)ベスト3に入っています。
中華のチキンwithブロッコリー、標準仕様のピザ、クリームチーズべーグルです。

高いレストランであまりの美味さに後頭部が麻痺したこともありましたが、帰国後なつかしく思い出し、また食べたいと思うのはB級ばかりです。
中でもクリームチーズべーグルは日本とのレベルの差が激しく、恋しさではダントツ一位です。

2000年にニューヨークを訪れた際、このデリに行き、袋一杯のべーグルを購入しました。
数としては20個くらいだったと思います。
これを日本に持ち帰って、日本で楽しんだやろうと目論んだのです。

結局スーツケースに入れて持ち帰ったのは10個くらいだったと思います。
成田からの道中は、宝を持ち帰る気分でそれはそれはウキウキでした。

ところが、家に着いてべーグルを取り出すと...
カッチカチで食べられませんでしたっ!

帰国日、空港へ行く前に立ち寄って買うべきでした...

今度ニューヨークに行くときは布団圧縮袋を持っていって、真空パックにして持ち帰り、冷凍保存してみます。(笑)

2007年10月 7日

べーグル その1

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

今でこそ日本でもパン屋さんで見られるようになったべーグル。
そういえばこの間冷凍食品のコーナーでも見ました。

出始めの頃はドーナツの形をしたパサパサのパンばかりで、べーグル本来のモチモチした食感を出せているものには出会えなかったですが、近頃はボチボチそれっぽいものが食べられるようになりました。

べーグルLOVEな私がはじめてその存在を知ったのは渡米後まもないころのデリでした。

ドーナツみたいな形をした物体がたくさん並べられた景観は、私の気を引くに充分なオーラを放っておりました。
「...なんじゃこりゃ? 縦の列で若干色が違ってるな... 味が数種類あるってことか... 油で揚げた肌ではないな... ということはドーナツじゃないってことだよね... なんじゃこりゃ?」

訊くとべーグルだといいます。
ただべーグルといわれても謎は深まるばかり。

安そうだし、とりあえず1個買ってみました。
噛みしめるほどに味わい深くなる不思議なパンは、私にとって新しい味でしたが劇的な出会いとはいえませんでした。

しばらくして...

デリにサンドイッチを買いに行ったときのことです。
私より先にいた女性客がべーグルにクリームチーズを挟むようオーダーしています。
「え~っ! そうやって食べるんだぁ~っ!」

お寿司屋さんでとなりの客が「まぐろ」を注文したときに、「あっ、おれも」といえる人と、いえない人がいます。
私は後者で、「くっそー!今おれが頼もうと思ってたのにタッチの差だよ...」と思いながら、となりの客が次の注文をするまで待つタイプです。(次もまぐろを注文されると帰りたくなります)

クリームチーズLOVEな私ですが、まぐろの例えの一面が邪魔をして、その場でクリームチーズべーグルを注文することはできませんでした。

翌日...

クリームチーズべーグルとの出会いはとてもヘブンリーで、今まで知らずに生きてきたことですごく損をした気分になりました。
噛みつくと脇からムニュっとはみ出すほどたっぷりのクリームチーズとべーグルは黄金のコンビネーションだと今でも確信しています。

しばらくすると、私の近所のデリのべーグルは実はいまいちだったことに気がつきました。
(もちろん私の好みという意味で...です。)

続きは次回...

2007年10月 3日

用心♪ 用心♪

私はニューヨークしか知りませんが、多分アメリカの都市部で生活すると、自己防御の感覚が身につくような気がします。

デパートなどの人混みで、知らない人が自分に少しでも触れようものなら...
即ズボン(パンツって書くべきでしょうか?)の右後ろのポケットをチェック!
財布を入れていたからです。

平日の昼間に道を歩いていると目前におじさん数名がたむろしています...
車道を渡って反対側の歩道を歩きます!
その先に同じ光景があったら...
もう一回もともといた側に移動!

アパートの鍵はキーホルダーにつけて、そのキーホルダーをズボン(パンツって書くべきでしょうか?Ⅱ)のベルト通しに引っ掛けていました。
存在がはっきり確認できる場所を選んで引っ掛けます。

お店などでケンカが始まりそうになってきたら...
即逃げる!

セントラルパークでリスを見かけたら...
近寄らない!

m(_ _)m

セントラルパークのリスは狂犬病を持っていることが多く危険です。
ちょっとウケ狙いの書き方をしましたが、ホントのことですよ♪

鍵をベルト通しに引っ掛けるのは、当時の日本人男性にはあまりないことでした(セカンドバッグ全盛期でしたから)が、ニューヨークで一般的な男性がよくやっていたのを真似てみたら、これが一番失くさない方法だと気付きました。

ところで、上で書いたようなことが最初は頭を使って「こうしよう」「ああしよう」といちいち判断→行動というパターンなのですが、そのうちに無意識に行動していることに気付きます。

何か考え事をしながら歩いていても、おじさんの集団がいたら、それが勝手に視界に入ってきて(見ている感覚ではありません)身体が自動的に反対側へ動きます。
これ即ち自己防御だと思うのですが、「一つ間違えば殺される」といつも緊張感を持っていた私は、こうして文章にしてみるとリス(しかも狂犬病を持っていない)のようなヤツって感じですが、渡米当初はいつも要らぬ心配ばかりしていました。

日本で夢見たニューヨークと、現実とのギャップがそうさせたのかもしれません。
私が夢見たニューヨークは洗練された大都市で、でも空気はカリフォルニアの青春映画のようにリラックスしたものでしたから。

2007年10月 1日

セントラルヒーティング

前回の記事でニューヨークの寒さについて少々書きましたが、実はアパートの中では毎日Tシャツ1枚でした。
セントラルヒーティングのおかげです。

セントラルヒーティングとはボイラー(油を使用)でお湯を沸かして、建物内に張り巡らされているパイプにそのお湯を流し、建物全体を暖めるシステムですが、ガス臭くありませんし、家賃に含まれていますし、何しろその暖かさといったら最高です。

アパートには各部屋に「デロンギのオイルヒーター」のようなものが設置されており、その中にお湯が入っています。
デロンギのオイルヒーターが暖かいかどうかは使ったことがある人にはおわかりいただけると思いますが、セントラルヒーティングの効果はレベルが違います。

暖房を弱めるつまみは付いていますが、基本全開なところが最高です!
「これで快適なはずだから、暑かったらゆるめてね☆」
という姿勢が素敵じゃないですか?

日本にもあれがほしいです...

実際には日本でも設置できるわけですが、全然普及していないのはその工事費用の高さでしょうね。
事実、良さを知っている私の家にもありません。

多分あれはリフォームでは設置できないのですよね。
残念ですが...

新築を計画中で予算に余裕のある方にはお勧めします!