2007年7月29日

MOTTAINAI

私が結構好きなルー大柴。
MOTTAINAI でブレイク中です。

個人的にですけど、これすげえなあ!と思ったのは、「もったいない」をローマ字で綴ったことです。
つまり国際社会への提案なんですねぇ。

実はアメリカにもオーストラリアにも「もったいない」に該当する概念、言葉がないのです。
たぶん他の国にもないと思うのですが住んだことがないので明言できません。

英語には save という言葉があります。
これは「貯める」というニュアンスであって、「もったいない」ではありません。
そこで、地球温暖化による環境問題に多くの先進国の人間が興味を持ち出した今、「MOTTAINAI」として日本古来の文化を国際社会に紹介していこうという真意がある...と私は思いました。

英語のキャンペーンでこういうのを見たことがあります。
Save the earth.
Save the planet.
「地球を守ろう」ということですね。

これは理想、大見出しであって、その内容にまで触れられていないから、具体性がなく私の心に響いてきません。
外国で生まれ育った人たちは、上のコピーから「じゃあ、私はこうしよう!」といった発想になるのかもしれませんが、私はこれ不得意です。

ところが「MOTTAINAI」は、われわれ日本人のとって大変具体的な意味を持つ言葉であって、モノを大切にしようと伝わるわけです。結果としてその積み重ねが地球を救うことに繋がる...

外国人にとっては逆の発想の「MOTTAINAI」。
ルー大柴、がんばれ!

2007年7月25日

交差点にて

ニューヨークの場合、街で日本人らしき人を見かけても、その人が観光客なのか住んでいるのかをすぐに判別する方法があります。

横断歩道で信号が「DON'T WALK」のとき、信号待ちしているのが観光客。
構わず渡ってしまうのが住んでいる人です。

ニューヨーカーは信号を待ちません。
市内最大級の交差点ではそれなりに車の往来があり、行きたくても行けない状況になりますから、さすがにそういう場面では信号待ちします。

しかし、大抵の交差点では歩行者用信号は無意味で、みんな目視確認をしつつ平気で渡ります。
観光できた人は慣れない街で気を使わなくてはならないことが多く、自分たちがそんなことで目立ってしまっていることにさえ気がつかないでしょうね。

そういう私もニューヨーカーが信号を守らないことに気がついたのは到着後3~4日経ってからのことです。それに気がつくと信号待ちをしている自分がやたら浮いた存在であることが気になりはじめ、最初の信号無視を犯しました。

これにはしばらく慣れず、渡りながらも何となく気持ちがソワソワしてどうにも落ち着きませんでした。

いつから慣れたのかは記憶がありませんが、渡米後3ヶ月でビザを取得するために一時帰国した際、東京の町中で平気で信号無視をして非常に浮いてしまっている自分に気付いたとき、「俺もニューヨーカーかぁ?」なんてにんまりしてしまいました。

2007年7月22日

ニューヨークの家賃

ニューヨーク州は広いです。
ニューヨークシティで仕事をしている平均的な妻子持ちサラリーマンは、電車やクルマで通勤し、マンハッタン近郊で暮らしています。

東京で仕事をする日本のサラリーマンと同じです。

日本からの留学生の場合、マンハッタン、クイーンズ、ブルックリンにアパートを借りるのがほとんどですが、これらは東京で言うなら23区内にあたります。特にマンハッタンは山手線の内側といっても良いでしょう。そう考えると当時のニューヨークの家賃は東京より安かったです。

しかし、私が帰国した後ニューヨークでは地上げが行われ、逆に東京はバブル崩壊で値下げとなりましたから、今は逆転しているかもしれません。

ところで、このニューヨークの地上げは誰が、何が目的で仕掛けたのでしょう?
答えは当時のニューヨーク市長が治安の向上目的で仕掛けたことになっています。
(実際のことはわかりませんが...)

私がいた頃のニューヨークはホームレスが街にあふれ、そこらじゅうに落書きがされていて...、まあそれがニューヨークのひとつの魅力でもあったわけですが、暮らしているものにとってはやはり安全でクリーンなほうが良いに決まってます。

そこで低所得者層がマンハッタンから追い出され、その手段として家賃の値上げが行われたわけです。アメリカといえば自由の国。そんなことが許されるのか?と思うかもしれませんが、アメリカ人が考える自由、民主主義と日本人が考えるそれらはちょっと違うようです。

これはアメリカで暮らさないとわからないことだと思いますので、そのへんはまた別のエントリーで書きたいと思います。

2007年7月21日

ニューヨークの物価を考える

今回はニューヨークの物価について書いてみます。

私が渡米した1989年、日本はバブル絶頂期!
東京は世界一物価が高いといわれていたような気がします。(定かじゃないです。ごめんなさい。)

私より一足先にニューヨークのシラキュース大学に留学した友人はこう言いました。
「アメリカ、ヨーロッパに限っては都市部の物価は東京と変わらない。
○○は日本より物価が安く暮らしやすいなんてイメージは大きな間違いだ。」

そして私は渡米後、彼が言ったことが正しかったことを知りました。

実際に生活してみると $1.00 は 100円 です。
これはソニーの故盛田昭夫さんがおっしゃっていたことそのままです。
盛田さんは $1.00 は 100円 であるべきだと何かの本で書かれていらっしゃいました。

ところが当時の為替レートでは $1.00 は 120~125円 だったわけですから、私は 100円 の感覚で 120円 を使っていたことになります。
恐ろしいことです... 20~25% も違うわけですから。
そのうえに日本では風習のないチップも払うのです。

観光客はもちろん、日本円ベースで給料が支給される駐在員など、お金の出所が日本の場合、ものの値段(ドル価格)を日本円に換算して考えると思いますが、こういう人たちにとってニューヨークの物価はとても高いものになります。

私はニューヨーク以外のアメリカの都市部に行ったことがありませんが、東京、大阪、名古屋でさほど物価が変わらないことを思えば、アメリカの場合もその程度の誤差と読んで良いと思います。ということは、日本円を持ち出してアメリカの都市部で生活しようとする人は為替レートが $1.00=100円 を下回らない限り自分の生活感覚より多くのお金が必要になると思って良いでしょう。

ところで、アメリカに限らず、これから生活しようとする外国の物価を確認する簡単な方法があります。
現地のマクドナルドの価格をネット検索してください。
そしてその金額を為替レートで日本円に直し、日本のマクドナルドと比べてみてください。

これはあくまでも生活費の類のことで、家賃など地域差があるものは別です。

よくテレビ番組で海外のスーパーマーケットに行って肉の安さとかに驚く場面を見ますが、あれを真に受けると計算が狂ってきます。一日3食スーパーで買った肉を食べる人なんていませんからね。

2007年7月20日

日本語放送

はじめて見つけたときは腰を抜かすほど驚きました。
日本語のテレビ放送。
日曜日の23時から大河ドラマとニュースが放送されていました。
英語の字幕つきです!

何気にチャンネルを回していたら(リモコン押すだけですけど)武士の姿が...
何じゃこれ?
え~っ!日本語じゃん!
翌日から毎日23時になるとそのチャンネルにセットしましたが、どうやら毎日ではないようで...、結局毎週日曜であることがわかりました。
渡米前にはNHKを見なかった私ですが、在米中にはどっぷりと大河ドラマにはまりました。

ある日の朝、何気にチャンネルを回していたら(リモコン押すだけですけど...ってしつこい?)フジテレビの見覚えのあるアナウンサーが...
え~っ!
月~金 7時~9時 フジテレビが日本語放送を流しておりました。
1時間ニュース、1時間ドラマやバラエティとなっており、もちろんこれを見るのは私の日課となりました。

さらに驚いたのはニューヨークにたくさんの日系企業があること。
番組のスポンサーでCMが流れるわけですけど、こんなに身近に日本があったのか...と大変驚きました。
別のエントリーで書きましたが、この頃は「海外生活自分だけ」みたいな感覚がありましたら。

余談ですが、後にこのフジテレビのスポンサー「レストラン日本」のCMソングを手がけることになるとはその頃には思いもしませんでした。

それから、書いて良いのかよくわかりませんが...
東京ビデオというレンタルビデオ店があり、日本で放送される番組を録画したものを貸し出していました。完全に違法だと思いますが、おそらくニューヨークだけじゃなく、日本人がそこそこ生活している都会にはどこにでもあったのでしょうね。そういえば田村正和さん主演のニューヨーク恋物語というドラマでも東京ビデオと思われるレンタルビデオ店のシーンがありました。

今はロケーションフリーといってリアルタイムで日本のテレビ番組が見れるそうですけど、そんなものがあったら留学生は私の頃よりも堕落した生活にはまりやすいと思います。インターネットもあるし。別の言い方をすると、今の留学生には強靭な意志が必要ってことですね。

2007年7月19日

海外生活 初級者編 食生活 その2

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

海外生活が慣れないうちはファーストフードに頼りがちです。

たとえばマクドナルドに行くと何を食べられるか知っていますし、値段も $10.00 を超えることはまずないので安心感が違います!

マクドナルドのほかには、バーガーキングをよく利用しました。

さて、これらのハンバーガー系ファーストフードのほかにニューヨーカーがよく利用するのは、屋台のホットドッグ、プレッツェル、デリのべーグル、そして断然多いのがピザです。

ピザ屋さんは街のいたるところで見ることができ、私も渡米直後からずっと気になる存在でした。

でも、注文の仕方がわからずお店の前で「やっぱりやめた」ということが何度かあり、初めてピザ屋さんを利用したのは6ヶ月ほど経ってからでした。

そのときは「今日こそピザを食べるぞ!」と覚悟を決めて出かけました。
...何て注文すればいいんだ?
...Can I have a piece of pizza, please? か?
...何か硬くないか?
...まいっか。今日こそ食べるんだ!

近所のピザ屋に入ると、注文待ちで並んでいる人達がいます。
私の前の南米系の青年が言いました。
"Give me a slice."

そっか☆

私の番が来ました。
"Give me a slice."
ヨッシャー!

こうして私は念願のチーズピザを初めて食べることができました。
若者のピザにトッピングは不要です!

結局私はこの日に食べたピザの美味さに完全にノックアウトされ、以降週に1度はピザを食べました。一番売れるのはプレーンなチーズピザなので、つまり一番回転率が良く、これを注文する限りかなり鮮度の高いものが食べられ、直径60~70センチはあろうかという特大サイズの1スライスは若い男子の空腹を満たすに十分なボリュームです。しかも値段は $1.50 程度だったと思います。当時の為替レートで200円くらいですから、最高です☆

ドリンクを注文しないのが硬派の流儀です。(笑)
他の客を見ていると、一人で来る客はドリンクは頼まず、席について2分くらいでピザをやっつけ、すぐに立ち去ります。家族やデートで来る客はドリンクも注文してそこそこ長居します。

ニューヨークのピザ屋さんは日本の牛丼屋さんのような存在で、なくなると困る人がたくさんいます。

2007年7月17日

外国人だという言い訳を捨てたところがスタートです。

海外旅行に行ったとき、あまりの日本人の多さに「海外気分台無しじゃん」と思ったことのある人、結構いらっしゃるのではないでしょうか。
どうやら私たち日本人の多くは脱日常目的で海外旅行をし、自分たちだけのバカンスを楽しみたいという気持ちがあるようです。
でも同じ気持ちで海外に出る日本人の多さには現地に行くまで気がつきません。

たとえば南国のビーチやホテルのプールサイドでビーチベッドに寝そべって、ローテーブルにはトロピカルなカクテルなんぞ置いて夕景を楽しむ...
そんな光景を想像するとき、その景色の中に日本人はいますか?

実際に行くと、この景色の中には日本人がたくさんいるものです。
日本語が飛び交い、そういう時に聞こえてくるのはなぜか大抵関西弁です。(笑)
旅行者の行動範囲はそれほどに限られたものであるということなんですね。

私もそういう感覚の一人でした。
海外で生活する。
自分は日本人で母国語は日本語。
英語はまだまだこれから。

実はこういう感覚って、海外で生活しようとするものにとっては「甘え」なんです。
例えばニューヨークで暮らす外国人はまさに星の数です。
私とクラスメイトだけではありません。
自分が望んで海外に行くわけですから、「日本人だから」という言い訳は何の説得力もありません。

外国で暮らしていくための最低限のルールは"その国の言葉を使うこと"であり、守るべきマナーは"他人に迷惑を掛けないこと"です。(というか、私はそう思います。)

実はこれ、アパートの住民を通して知り合った会計士に言われたことなんです。
あれこれ日本のことや私自身のことを訊かれ、当時の自分の英語力ではカバーできない領域に話が及び、「英語が母国語じゃないから上手く言えない」と言った私に彼はこう言いました。
「ニューヨークには大勢の外国人が暮らしている。みんな初めから上手く英語が話せたとは思わないけど、ここはアメリカなんだから英語を話さなくちゃいけない。そこから逃げちゃいけない。それがイヤなら自分の国に帰ればいい。外国人なんだろ?」

おっしゃるとおり!
あの時ズバッと切ってくれてよかったです。
アメリカは移民の国。歴史的にも言葉の壁をクリアできた者が次のステップに進めてきたことでしょう。いわば外国人が寄り集まってできた国で、自分は外国人だという感覚はとてもナンセンスなんですね。

2007年7月15日

海外生活 初級者編 食生活 その1

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

なにはともあれ、食べなくてはなりません。

スーパーマーケットの食材は概ね1パックがものすごい量で、特に肉は1か月分か?とも思えるものです。持って帰るのも大変です。そういうわけか、たいていのスーパーには配達係り(デリバリーパーソン)がいて、わずかなチップで配達してくれます。お年寄りにはありがたいサービスです。

私は食材を買って結局捨ててしまうのが嫌だったので、キャンベルの缶スープをいつも利用していました。具だくさん系、ドロっと系のものを好んでチョイスし、これを1合のご飯にかけて食べるのです。ちょうどいい量だし、安いし、簡単だし、最高でした!

でも生来パンが好きな私はサンドイッチもよく食べました。
サンドイッチは自分で作らずデリを利用しました。

~デリについてはまた今度書かせていただきます。

あちらでサンドイッチを注文するときは仕様を言ってあげなくてはなりません。
これは私が初めてサンドイッチを注文したときのやりとりです。

壁に貼られたメニューを見る。
何だかよくわかんないなあ...ここは無難にローストビーフといくか...
「ローストビーフサンドイッチください」
「どのパン?」
「えっ?」
「ヒーロー、ロール...」←種類をベラベラと
...何だよ、わかんないよ。...んなもん何でもいいんだけど。 そんじゃあ...
「大きいやつ」
「ヒーロー?」
「そう」
バゲットのハーフサイズくらいのものを取り出す。
お~っ!結構、いやかなりデカイじゃん。
「これはヒーローって言うんだ。マイフレンド。今度注文するときはヒーローって言えばいい。」
「ありがとう」
「日本人か?日本に行ったことあるよ。」
この一言が妙にうれしかったけど、うまく会話を盛り上げられません。
「へえ、そうなんだ」
「レタス?」
「はい」
「トマト?」
「はい」
「たまねぎ?」
「いいえ」
「マヨネーズ?」
「はい」
「塩コショウ?」
...ん? まあいいや。
「はい」
「ほかには?」
「結構です」

松嶋菜々子さんのコマーシャルみたいでしょ?

出来上がったサンドイッチを真ん中でサクっと切って、紙に巻いてくれます。
その紙にマジックで金額が書かれ、受け取った後レジで清算します。
ちなみにそのときのローストビーフサンドイッチは $5 ちょっとでした。
どうして覚えているかと言いますと...

そのサンドイッチ、めっぽう美味くて「今日はサンドイッチを食べよう!」と思い立ったとき、いつもこれを注文したからです。お昼に半分食べ、後の半分は夕食になります。700円くらいで2食食べられるので悪くありません。

観光の方はサンドイッチを持って、セントラルパークや川沿いの公園に行き、ベンチに腰掛けて食べると良い思い出になるのではないでしょうか。

では、ローストビーフサンドイッチの注文の仕方をご紹介します。

Can I have a roast beef sandwich, please.
そして、相手に質問される前に...
I would like it, lettuce, tomato, mayonnaise and salt&pepper, on a (hero).

お店によっては hero という呼び方をしないところもありますので、
(hero) の部分を、larger bread と置き換えれば良いでしょう。
多分「これでいいか?」と実物を見せてくれますから、よければ「Yes, please.」、大きすぎると思ったら「Something smaller, please.」で。

また、女性の場合は食べきれないかもしれませんので、roll をおすすめします。
roll はお店によって大きさがまちまちですが、どこのお店でも通用しますよ!

2007年7月14日

日常生活~生活用品をそろえる

アパート、銀行口座、電話を手に入れた私。

必要な生活用品をそろえなくてはなりません。
冷蔵庫は賃貸アパートの場合ほとんど備え付けとなっております。
洗濯機は住民がシェアするように洗濯場があって、基本的にはそこ。見に行って誰かが使っているときは外のコインランドリーに行きます。よって洗濯機は不要です。

とりあえず必要なものを書き上げていきます。
テレビ、掃除機、ラジカセ、なべ、食器類、ベッド...

んっ?
どこに行けば買えるんだ?
どこで買えば安いんだ?

ガイドブックにはそのような情報はありません。

やはりここは新聞か?と、外に出ます。
ニューヨークの歩道を歩くと、ゴミ箱、公衆電話なんかにまぎれてゴミ箱くらいの高さの箱のようなものが置いてあります。中には新聞が入っています。まあ新聞の自動販売機とでもいいましょうか。
それらをやり過ごして(笑)、デリで ヴィレッジヴォイス (やわらかめの新聞)を買いました。

「まずはテレビでしょう♪」と電器屋さんの広告をチェック...
「え~っ! 何この高いの!?」
日本では考えられないようなベーシックで何の色気もない製品ばかりなのに、値段がすごく高いのです。「こんなの買いたくないよ~っ!」

無いものは買えませんから、あるものの中から選ぶしかありません。
結局私が選んだのは、ソニーの21インチ、ステレオ音声のもので、確か $700.00 くらいでした。
その展示処分品を値切って買いました。安く抑えるために配達も頼みませんでした。
箱がなかったので、結構重いテレビを抱きかかえタクシーでアパートへ。
タクシーのいすはフワフワのスカスカなので、テレビを抱きかかえて座るとものすごく沈みました。
これは結構楽しかったです。

ニューヨークではほとんどの家にケーブルテレビが入っています。
ビルばっかりで、その上室内アンテナではテレビを見ないほうがマシなくらいにしか映りません。
なので、私もケーブルテレビを契約しました。

基本コースに、HBOとショータイム(だったかな?)を足しました。
ニューヨークでは強盗予防策としてテレビをつけたまま出かけることが多く、大活躍です。
寝ている時間以外はずっとついています。

基本的にいつもMTV。番組表を見て、見たい映画があればそのときだけは映画でした。

テレビで予想外の出費をしてしまったため、ほかのモノは安く済まさなくてはなりません。
かわいい雑貨屋があって、そこであれこれそろえたかったのですが、結局ウールワースという庶民の雑貨デパートで一通り揃え、ベッドは新聞に広告を出していたお店でシングルのマットのみ購入。
フローリングの床の上に直接マットを置いてすませました。

あのころインターネットがあったらどれだけ便利に賢く買い物ができたでしょう...

2007年7月13日

日常生活~電話がつながらない

当時は携帯電話はなかったと思います。
バブルの頃不動産屋さんが大きな携帯電話を持っていたなんて話も聞きますから、実際にはあったかもしれませんが、私などが日常生活を送っている環境ではまず出会える代物ではなく、とくにニューヨークでは見られませんでした。

自動車電話はそれなりに普及していたようですが、すごく高かったそうです。

そんなわけでアパートを決めて、銀行口座を手に入れた私は電話の申し込みをしました。
そのやりとりは後に起こる事件(?)に比べると何でもないことなので省略します。

私はいよいよ入居日を迎え、ギターとスーツケースを持ち、どうにも好きになれなかったホテルをチェックアウトしました。ホテル→アパートの移動は荷物が多かったのでタクシーを使いました。

ホテル前で大きな荷物を持った東洋人。
タクシードライバーから見ると明らかに空港行きです。
私の目の前にスッと現れたタクシー。
運転手はビッグチップを期待してか、サッとクルマから降りて私の荷物をトランクに入れてくれました。
「この人勘違いしてるよ。ヤバイなあ...」
タクシーに乗り込むとすぐにドライバーも荷積みを完了して運転席に戻りました。
私はアパートの住所を告げる...
やはり思っていたとおり理解できない表情。
もう一度アパートの住所を言います。
明らかに最初から言えよといった態度。

タクシーがアパートの前に到着しました。
私は運賃はわずかでしたが、多めのチップを渡しました。
すると、一気に表情が緩み車から降りてトランクの荷物をアパートの入口まで運んでくれました。
...そういうものなんやね。

さて、今回は電話の話なのでちょっと時計を進めます。

入居して数日後に電話が繋がることになっていました。
日本と同じでコネクタ式だったので、電話機を用意して、コネクタを挿してその日を待ちました。

その日がやってきました。
朝起きて受話器を上げてみる。
------------。
そっか、まだ早いしね。
10時に再度受話器を上げてみる。
------------。
あれ?
まあ、今日としか言われてないし夕方だって今日だしね。
17時にまた受話器を上げてみる。
------------。

だまされた~!

翌日、公衆電話からニューヨークテレフォンに電話。
目一杯の英語で「昨日繋がるはずの電話が繋がらない」と伝える。
相手は白人のオジサン的な話し方だ。
フランクだけどぶっきら棒みたいな...
「ベルが鳴らなかったか?」
「いいえ」(Never と答えた)
「鳴ったのか?」
「いいえ」(No と答えた)
「どういうことだ?ベルは鳴ったのか鳴っていないのか?」
「いいえ」(Never と答えた)
「お前の言っていることがわかんないよ。ever か never はっきりしてくれ!」
「?????」
辻褄が合っていないんだ...ということは ever が正解か?
「いいえ」(ever と答えた)
「そうか、ever なんだな。チリンと一瞬でも鳴らなかったか?」
「いいえ」(ever と答えた)
「everだと? お前の言ってることはサッパリわからん!」

どうしようもないと諦めた私は礼を言って電話を切った。
そしてアパートに帰ってガイドブックでニューヨークテレフォンの場所を調べ、すぐにバスに乗った。

ニューヨークテレフォンの受付に到着し、私は自分が電話で遊ばれていたことを知りました。
こちらに来てからの緊張の連続で知らず知らず溜め込んだストレスが一気に爆発し、怒りがこみ上げてきました。
なんとニューヨークテレフォンはストライキ中だったのです!

ワナワナと震える気持ちを押さえ、受付で用件を伝えました。
またここでも「ever」か「never」かという話に...(電話とは違う人ですが言うことは同じ)
「そんなことは知らん。とにかく電話を使えるようにしてくれ!」と私。
「じゃあ係りのものを見に行かせるよ。でもストライキ中だからなあ。」
「いつだ?」
「ストライキ中だから...」
「cdvfghんmj、。・d;blkmjにひbhぐhjげw;;@sおp」
「わかったよ」

おじさんはその場でどこかに電話してくれました。そしてこう言いました。
「明日の午前中だ」

私はアメリカ流というものをこのときに学んだような気がします。

アパートに帰るとすぐにブザーが。
「ニューヨークテレフォンです」

何だよ。やりゃあできんじゃん!

2007年7月12日

日常生活~銀行口座開設

アメリカでは銀行口座がないと生活できません。
家賃や公共料金をパーソナルチェック(小切手)で支払うのが一般的だからです。

日本人が渡米して最初に戸惑うのがこのパーソナルチェックだと思います。
慣れていないということはとにかく不安ですし、大抵郵送しますので何かあったときのことを思っても心配です。まあ、使っているうちに(生活しているうちに)慣れてきて、かえって便利にさえ思えてきます。

さて、私の場合当初の計画(というか目論見)ではアパートを借りて、学校を決め、入学許可証をもらってから銀行口座...と思っておりました。銀行口座を持つにはソーシャルセキュリティ(社会保障番号~国民背番号のようなもの~)が必要で、留学生の場合は学生番号がこれを兼ねています。

私の場合はパスポート以外の身分証は何もなかったので、銀行口座を持つためには入学許可証をもって行き、事情を説明するしかないと思っておりましたが、アパートを借りるのに予想外の出費となってしまい学校に納めるお金がなくなってしまいました。

なので、銀行口座を先に開設して親から送金してもらわないと学校選びもできない状態だったわけです。(というか自分の不手際でそうなってしまったわけです)

さて、困りました。
銀行側の条件を満たしていないのに上手く交渉しなくてはなりません。
もちろん英語はろくにできません。

私はサクセスストーリー系の映画の主人公たちの言動を思い起こし、自分を奮い立たせました。

よし。まずは考えてみよう...
話を聞いてもらわなくてはならないから、忙しい店舗に行くと軽く断られそう...
暇そうな店舗に行くと話しを聞いてくれすぎてダメといわれるかも...
じゃあここは、大きすぎず、小さすぎず、そこそこ人が並んでいる支店が良いだろう...
銀行は一番ATMが目に付くケミカルバンクが良かろう...
じゃあケミカルバンクで丁度よさそうな支店を探そう...
...なんだか銀行強盗みたいだ。

でも結局断られた後の作戦も考えておかなくてはならず、結局その場合人に頼るしかなく、アパートの住民でケミカルバンクに口座を持っている人にどこの支店で口座を開いたか訊いて、そこに行くことにした。

さあ、勝負だ!

受付にはちょっぴりぽっちゃりの黒人女性。
列ができている。
私の番だ。彼女が何といったかはわからなかったが用件を訊いているに決まっている。
「I would like to open my own account.」
「Open account?」
「Yes.」 ...そっかぁ。事前に調べてて自信あったのに、オープンアカウントで良かったのか↓

ある白人女性テラーの所に通される。
「オープンアカウントね?」
「学生になるんです。」(やべ。訊かれてないことを言ってる。)
「どこの?」
「まだ決めていません。」
「???」 表情が曇る... ヤバイ。
何やら調べています。というか、調べているように見えました。
「学生証がないと無理なのよ」
「そこを何とか...口座がないとお金が受け取れないから学校に払うお金がないんです」
「...。」
「アパートを借りるときにデポジットを2か月分取られて、もうお金がないんです。」
「パスポートはある?」
返事をするより先にカバンから取り出す。
パラパラと見る...
「どこの学校へ行くつもりなの?」
「ニューヨーク大学です」 (突発的に口から出た。)
するとテラーの表情が緩みました。
後から知ったことですが、ニューヨーク大学は学費が高めでお坊ちゃん学校のイメージらしく、それが功を奏したのでしょう... あるいは彼女自身がニューヨーク大学出身だったのかもしれません。
「そう。何を勉強するの?」
「英語です。」
彼女はしばらくパソコンをたたき、こう言いました。
「この書類に記入して」
「やったあ!これがアメリカだ!アメリカ万歳!日本とは違うぜぃ!」
「一つ約束して。学生になって学生証を手にしたら必ず私の所にもう一度来て。」
「OK 約束する。」

こうして私は無事銀行口座を開設し、外の公衆電話から日本を離れるとき以来の連絡を親に入れました。

しかし、私はこの親切なテラーとの約束を軽くぶっちぎりました。
この行為が最低のことで、アメリカでは最も軽蔑されるものだということを知ったのはずっと後のことでした。

2007年7月11日

日常生活のはじまり

ニューヨーク初日、無事ホテルに到着。
タクシー代を支払うため日本で両替してきた米ドルの出番です。
旅行慣れした方は良くご存知でしょうが、なるべく小額紙幣で行くほうが良いですね。
日本の銀行で両替してくれるパックになったものは使いにくいです。
もちろんそんなことは知らない私は、$50.00札を渡してお釣りを要求。
ガイドブックに書いてあった通りに計算して額を決めたのに、ブツブツと文句を言ってなかなかお釣りをよこさないドライバー。
言っていることがわかれば話のしようもありますが、私はサッパリわからないわけですから、彼が妥協するほかなく、最終的に私の言ったとおりのお釣りを受け取りました。
空港で乗るときには荷物をトランクに入れてくれたのに、降りたらトランクが空いていて、ドライバーは降ろしてくれる気がないようです。
仕方ないですね。

こうしてチェックインしたとき何時だったかは忘れましたが、午後の陽の高い時間でした。
初めての国際線は一睡もできず、ムチャクチャ疲れていたはずですが、それを越える極度の緊張により眠れそうにありません。
とりあえず外に出て、ブロードウェイ~コロンバスアベニューを散策。歩道にテーブルと椅子を並べたレストランがたくさんあります。憧れのオープンカフェ。

そうだ。何か食べよう。

外の席に座ると、ウエイトレスがやってきました。
メニューを見る... さっぱりわかりません↓

サンドイッチのセクションから一品とコーヒーを注文しました。何のサンドイッチだったのか、どんな味だったのか...全く覚えておりません。とにかくガイドブックの写真で見ていた光景の中に、自分が座っていることがエキサイティングでした。

お金を支払い、歩き始めたときにふと考えました。
今の食事代がチップ込みで $15.00... んっ? ということは日本円で...
ダメだ! ダメだ!
こんなことをしていたらすぐにお金がなくなってしまうし、これから自分がやりくりする中ではあり得ない高級レストランに入ってしまったんだ!(実はそうでもないが...)

ホテル代と今の食事代で $100.00 でしょ、タクシーでいくら払ったっけ?????

その後は何も楽しくない。
コロンバスアベニューは可愛いお店がたくさんあり、ウインドウショッピングも楽しいところですが、自分はこういうところで買物ができないんだ...と感じ、ひとしきり歩いた後ホテルに戻りました。

歩き疲れたせいか急に眠くなり寝ることに... zzzzz

目が覚めたのは夜中の3時。初めて体験する時差ぼけです。
今日やらなくてはならないことを考えるとまた激しい緊張が襲ってきて、もう眠れません。
仕方なく持って来たエレキギターを弾く...
隣の人に文句を言われたくないからなるべく小さな音で弾く...

すると外で誰かが大声で何か叫んでいます。
窓から見下ろすとニューススタンドのあたりで黒人が何かしています。

...なんで俺、こんなところに来てしまったんだろう。
こんなところで暮らしていけないよ。
今なら帰れる。またビデオ屋でアルバイトしよう。
いや。バイトの仲間は頑張れと見送ってくれたし、あそこには戻れない...

~そんなことを考えること数時間~

外が明るくなり、人が歩き始めました。

ヨシ!

私は今日しなくてはならないことがあります。
ニューススタンドに行ってニューヨークタイムス(新聞)を買い、アパートを探すのです。
新聞を買うのは簡単です。
気合を入れてニューススタンドへ。
この日は日曜日。
日曜版ニューヨークタイムスはあり得ない分厚さ。
アパート情報も充実しています。

私は新聞を買うとすぐに部屋に戻りました。
アパートの紹介欄を見つけ、ガイドブックで物件の位置を確認しながら検討します。
気になる物件が少々ありましたが、日曜日で休みの不動産屋が多いだろうから電話は翌日にしようと逃げる私。

なにしろ電話するには勇気が要ります。
でも、アパートへの入居が遅れれば遅れるほどホテル代がかさみます。
毎日 $100.00 も使っていては、すぐに所持金ゼロです。
そう思いながらも結局その日は電話に手を伸ばすことができませんでした。

翌日、月曜日。
昨夜も時差ぼけで夜中に目が覚め、ギターを弾く。
夜中なのに外ではパトカーのサイレンがけたたましく鳴り響いています。映画と同じ音。

10時になるのを待って電話の態勢。
~公衆電話は周りがざわざわしてきっと無理だ。少々高くてもホテルから掛けるべきだ。~
ここはひとつ勇気を振り絞って... ダイヤル!

そのとき言ったことは今でもはっきりと憶えています。
「ハロー アイアムルッキングアットニュースペーパー アイウォントゥーレントアンアパートメント」
「cvbんmdssg、gkbkじょ、lkもじw3jhygjjkぉ」←つまり聞き取れない...
「キャンナイビジットユアオフィス?」「ホエアアーユー?」
一応住所をメモりましたが、それがあってるのかいまいち自信がありません。

とにかく行ってみることに...

メモった場所に目当ての不動産屋さんはありました。
簡単な質問があり、「じゃあ案内します」と不動産屋の後継ぎが私に3軒見せて回ってくれました。
ニューヨークはとてもよくできた街で、アパート3軒を歩いて見て回れます。

そのうちの1軒に決めました。
「いつ入居できますか?」
「掃除をしますので3日後でいかがですか?」
私はあと3日もあのホテルにいるのは嫌だったけど、それ以上早くは無理だというので仕方なく了承する。
「あなたは外国人ですので、デポジット(敷金)を2倍の2か月分いただきたいのですが可能ですか?」

~デポジット2ヶ月、前家賃1ヶ月+αも支払うと持ち金がほぼなくなる。親からはさしあたってのお金をもらってきていて、銀行口座を開いた後当面の生活費を入金してもらうことになっていた。何とかならないか交渉したくてもうまく言えない。どうしよう...~

「OK。でもデポジットですよね。戻ってくるんですよね?」
「そうです。」

私は財布が空っぽになったせいもあるが、ひとつ前進した気分良い疲労感を伴ってホテルに帰った。
この日も時差ぼけで夜中に目が覚めてしまったが、昨夜までとは別の後悔に悩まされました。

「言いたいことが言えなくて生活していけるのか?」