2008年8月10日

新婚さんいらっしゃい

私は小学生のころから素人が出演する番組が好きで、「新婚さんいらっしゃい」は海外滞在中に何度見たいと思ったことかわかりません。
今伊勢では、土曜に再放送があり、数ヶ月遅れで放送していますが、これも見るようにしています。

今日の新婚さんの一組はアルゼンチン出身の物理学者、今はシャープでブルーレイの研究をしているという旦那と日本人の奥様というご夫婦でした。
長く新婚さんいらっしゃいを見ていますと、日本で暮らす外国人の多さに驚きます。

ん?

この頃はよく外国人の方が出演するようになったという意味です。

それはさておき、今日のアルゼンチン出身の方、「定年までは日本にいます。その後はそのときに考えます。」とおっしゃいました。
ものすごく柔軟な頭の持ち主で、感心しました。
何のコビもなく、正直で、知性を感じさせる一言でした。

大して年齢も変わらないのに、私は何にしても白黒はっきりしたいところがいまだにあり、「その後はそのときに考えます。」なんて絶対に言えないタイプです。
自分を追い込んでもがくタイプです。
ウェアを揃えてからスポーツに臨むタイプです。

私の海外生活も 「その後はそのときに考えます。」 という考え方ができていたなら、また違ったものになっていたと思います。
いついつまでにこれをやって、こうなって、そのあとあれやって、ああなって...の繰り返しでしたから。
でもこういうのってストイックとはいわないですよね?

2008年7月 4日

海外ロングステイ先人気ナンバーワン!チェンマイ

少し前のニュース番組で、今リタイアした人たちが海外ロングステイ先に選ぶ人気ナンバーワンの場所がタイのチェンマイだと知りました。

私も好きです。チェンマイ。
2泊しただけで観光コースの上っ面な部分しか知りませんが、それでも「もう一度行きたい」と本気で思っています。

あの食べ物の美味さ、リラックスした空気、ありがたき物価の安さ...
そのうえ、今や日本人がたくさん暮らしているとなれば最高のロングステイ先だと思います。
海派の人には「とんでもない!」って感じでしょうね。

チェンマイでは昔からもち米を食べる習慣があるようで、これが何とも美味しいのです!
その辺のレストランで勝手にもち米が出てくるというわけではありませんが、ツアーに参加すると民族舞踊を見ながらもち米ディナーを食べると思います。
食事なしのツアーでも、この「民族舞踊ともち米ディナー」はオプショナルツアーで現地販売されていますから、是非参加されてみるといいでしょう。

あと、象に乗れるのもチェンマイの良いところ。
バンコクから半日観光で行く、ローズガーデンというところでも象に乗れますが、こちらは動物園的、植物園的な施設の中で、直線で行って戻る...だけ。
もちろん私たち日本人は象に乗れる機会なんて滅多にありませんから、それでも充分感動すると思います。
ところが、チェンマイの場合、ジャングル・トレッキングなのです!

ジャングル・トレッキングというと、その言葉の響きから誤解が生じるかもしれません。
実際はエレファントキャンプといって、象が芸を披露する場所がありまして...
日本のテレビでもよく紹介されていますので、見たことがある方もいらっしゃると思いますが、絵を描く象やサッカーボールで遊ぶ象なんかがいます。

このエレファントキャンプは山の中に設けられているのですが、施設内のコースを象の背中に乗って一周します。
途中で小さな川も渡ります♪
正確には象の背中に木製か竹製かは忘れましたが、簡易ベンチのようなものが取り付けられていて、人間はそのベンチに座ります。
象使いがベンチの前、象の首あたりに直接座り、耳の裏辺りを蹴って象に指示を与えます。

他人が乗っているのを見ると、なんとも優雅で「自分も乗りたい!」という気持ちになるのですが、見るのと乗るのは大違い...
無茶苦茶こわいのです...
平坦なところを行くならともかく、結構な急斜面を登ったり、下りたり...
で、我々が座っている簡易ベンチ的なもの自体が外れて落ちそうな緩さ!
それに加えて自分のオシリもズルズルとずれ落ちそうになる!
登りはそうでもありませんが、下りの怖さはハンパない。
乗っている本人は必死なわけです。
ところが、見ている人たちへのアピールとして、涼しげな表情でいなくてはなりません。
やっぱ象に乗るんですから優雅でなくっちゃね。
象の背中で真っ青になっている人間なんて誰も見たくないわけです。

暗黙の了解として覚えておいてください。
象のジャングル・トレッキングをしている観光客は、手に大汗をかいて、むっちゃベンチの端を握っています。

今度チェンマイに行ったら、もう一度乗ってみたいです。
今度は怖いのをわかってて乗るので、また違った世界があるかもしれません。

2008年4月16日

結局海外暮らしってどこか淋しいものなんでしょうかね?

メールをいただきました。
 ...って、ラジオのパーソナリティ気取りの書き出し、恐縮です。

以前にこのコラムでご紹介したブログサイトを追っかけている人たちからでした。
メールの返事は返しましたが、他にもあのブログサイトからこちらに来ていただく方もみえると思いますので、一応私の気持ちといいますか、書いておこうと思います。

私のあのサイトに対するスタンスは「ど~でもいい」です。

私のサイトからのリンクはありませんし、サイトに関して書いた記事も今は公開しておりませんが、あちらのサイトから私のサイトへのリンクが残っているため、「あのサイトとの相互リンクは解消すべき」とのご意見をいただいたわけです。

この方たちは掲示板上で、あのサイトの信憑性についてあれこれ検証を重ね、結果として道徳的によろしくないので云々...

何に腹を立てても、どういう意見を述べても、他人を傷つけたり、誰かに迷惑がかからなければ自由だと思います。
もちろん悪を排除しようという志は立派だと思います。

しかし、ブログサイトの誤字を執拗に指摘している人たち自身が、その掲示板でたくさんの誤字をしている様子を見ると、結局ネタは何でも良くて、その掲示板がこの人たちの心のよりどころになっているんだなぁ...と、少し淋しく思いました。

もちろん私にも海外生活の経験がありますから、気持ちはよ~くわかります。
私自身も当時にこれだけのインターネットの発達があれば、間違いなくハマッていたと思います。

ただ、この方たちが掲示板にかける手間、時間を想像するに、将来「あの時間はもったいなかったな」と思うときがくるんじゃないかと老婆心です。

2008年3月 6日

シドニーでアパートを借りたときの話

駐在員の場合、家賃を会社が負担してくれることは普通にあることです。
贅沢な悩みですが、自由度の低さが問題です。

会社の規定内で選ばなくてはならないので、個人のライフスタイルを重視できるものではありません。
例えば、ものすごく家が好きだったり、インテリアにこだわりがある人なら、収入の半分を家賃につぎ込んでも良いと考えても、それはひとつのライフスタイルで、他人が意見できることではありませんよね。

そうではなくても、住むところを選ぶときには誰だって重視するポイントってあると思うのです。
立地条件だったり、広さだったり、間取りだったり...
会社の規定はそういったことまで考慮されていることは少なく、特に平社員の駐在員の場合は、大抵、最低の暮らしができる程度で設定されているものと思います。

私の場合、仕事柄、旅行客から病気とか緊急の用件で電話が入るとすぐに動かなくてはなりませんでしたので、できればシドニー中心部に住みたかったのですが、家賃相場が規定を大きく超えてしまうためムリでした。

なので、可能な限り中心部に近く、電車やバスの便が良く...と考えました。

日本人の多くはノースシドニーの住宅街を好みました。
確かに環境的にはとても良く、クリーンだし、日系スーパーマーケットもありましたから、よくわかります。
が、腹痛で苦しむお客様から電話がかかったときのことを考えると自分の生活環境より、仕事をスムースにこなせる環境を選ぶしかありませんでした。

私はキングスクロス界隈にターゲットを絞りました。
キングスクロスというのはいわゆる繁華街で、シドニーでは危険な地区と言われています。
が、日本人観光客が多く利用するホテルも数軒あり、市中心部へもクルマで5分程度という、私にとっては好立地条件でした。

ところが、実際に不動産屋さんをまわると、会社規定の家賃ではムリでした。
そこで、支店長に「オーバーする分は自己負担でも良いか」訊いてみると、当然OKしてもらえると思っての相談でしたが...
「会社の規定を超える贅沢を望むなら、全額自己負担にしなさい」と...

今ではその意味も理解できますが、当時は全くスジの通らない話だと思いました。

結局、平日に一日休みをもらい、「もっと範囲を広げて探す」ことになりました。
赴任してから会社経費でホテル暮らしだったので、会社としても一日も早くアパートを決めてもらいたかったのです。

私は「今日決めなければならない!」というプレッシャーを背負って出掛けました。
15時を過ぎてもまだ決まっておらず、不動産屋さんでも「その予算ならルームシェアよね。○○に行ってみれば?ルームメイト募集の貼り紙がしてあるよ。」なんていわれる始末...

15:30頃、前に行ってダメだったキングスクロスの不動産屋さんへもう一度行ってみると、「また来たのか!」と顔に書いてある女性が応対してくれました。
「どう?あと30ドル出せるの?」
「ムリです。」
「じゃあムリね。ごめんなさいね。」

不動産屋さんは大抵17時で終わりです。
残業はしませんから、物件を見て、契約書をもらって...という段取りを考えると、もう時間的に限界ギリギリのところです。

私は支店長に怒られる覚悟を決め、今日の契約を諦めてしまいました。
で、その女性にはじめて実情を話しました。
駐在員として来たこと。
会社が家賃を全額負担すること。
規定を超える額の自己負担ができないこと。
今日アパートを決めてこいと休みをもらったこと。
などなど...

そして、立ち去ろうとしたとき...
「わかったわ。ここを見てきたら?」と。
鍵と手書きの地図を渡され、「え?家賃はいくら?」と訊いてみると、会社規定より安い!
普通なら「最初から出せよ!」とブチ切れそうになる話ですが、このときは「ありがとう」しか思いつかなかったです。

アパートはヨットハーバーのほど近くにあり、広い駐車場があり、プールがあり、エレベーターがついていて、もちろん部屋はワンルーム(オーストラリアではバチュラーといいます。独身ってコトです。)ですが、なんと壁一面がガラスで、ヨットハーバーが一望できるではありませんか。
日光も良く入ります!
そんなアパートを楽しむ時間的な余裕がないことはわかっていましたので、私にはもったいないような好物件でしたが、当然そこに決めました。

後になって思ったことですが、他の不動産屋でも「かくし玉」があったのではないか?
もしかしたら市中心部でも予算内の物件があったのではないか?

決めたアパートに満足していましたので、そんなに深くは考えませんでしたが、それがシドニーの不動産屋さんの実情であったことだけはいろんな人たちに話しました。

2008年2月18日

IKEA デビューはニュージャージー

ニューヨーク時代にアパートででギター講師もしていた私。
広島出身でニュージャージーの大学に留学していたTくんは週1回のペースでレッスンに来てくれていました。

川を1本隔ててニューヨークシティという立地のニュージャージーですが、その川1本が文化を大きく違えていて、クルマがないととても不便な環境になるようで、Tくんもクルマを所有しておりました。

ある日、何気に私が机を買いたいことをTくんに話すと、ニュージャージーにものすごく大きくて安い家具屋さんがあると教えてくれ、しかも週末でよければクルマで連れて行ってくれると言います。
私は即座に彼の厚意に甘えることにしました。

当日、彼はわざわざ自分が住むニュージャージーから私を迎えに来てくれました。
川を越えてニュージャージーに入ってから30分くらい走ったでしょうか...
着いたところは青と黄色の看板のお店で、確かにマンハッタンでは考えられない大きさです。

家具やインテリア雑貨が好きな私としてはじっくりと見たかったのですが、Tくんはこの後私をマンハッタンに送り、またニュージャージーへ戻らなくてはなりませんので、サッサと買い物を済ませなくてはなりませんでした。
天板と足を好きな組み合わせで買える机売場に行き、マンハッタンで選んであった候補の品の予算でワンサイズ大きなものが買えました。
しかもニュージャージーは消費税なし!
いい買い物ができました。

配達は別途代金が必要だったので、Tくんの了承を得て持ち帰りに...

Tくんのクルマはハッチバック(ヴィッツ、フィット、ノートみたいな形のクルマ)。
予定より大きな天板を買ったこともあり、車の後ろから入れて、どう考えても私たちの頭の上までスペースが必要です。
私たちはいじめられるカメのように首を引っ込めてニューヨークへ戻りました。

その買い物がきっかけで、IKEA からはシーズン毎にカタログが送られてくるようになりました。
カタログを何気に机の上に置いておくと、アパートへ来た人のほとんどは「あっ、IKEA だ」といって手に取り見ていました。
それだけ知られていたということだと思いますが、みんな「アイケア」と読んでいたため、私はずっと「アイケア」だと思っていました。

シドニーにも空港と市街の間にあり、私が「アイケア」というとオーストラリア人に「イケア」だと指摘され、私は「君が間違っている。あれはアイケアだ。」と最後までゴリ押しました。

後に IKEA は日本にも進出し、雑誌なんかで「イケア」と紹介されました。
お恥ずかしい...

2008年2月16日

「今日は気分が良くない」といわない人たち

前回の記事で、「今日は気分が良くない」といってもらえると楽だ...と書きました。
またそれは、アマチュアシンガーたちとのアポイントで上手く使えたことも書きました。

が、CM契約のあるシンガーや、ブロードウェイに出ている人など、アマチュアからワンステップ上がったところにいる人たちは絶対に「今日は気分が良くない」とは言いませんでしたし、遅刻もしませんし、サッサと唄ってサッサと帰るのが共通のことでした。
いつでも臨戦態勢でいられるように日々体調管理を怠らないのでしょう。

この人たちのもうひとつの共通項は電話をかけまくることです。
当然アマチュアシンガーなのでレコーディングスタジオを使う予算はなく、私のアパートでレコーディングしていたのですが、私が機材の準備やセットでもたついていると、すかさず "Can I use your phone?" といって、どこにかけているのかはわかりませんが(多分ロングディスタンス多数)、こちらが「準備完了」というまでずっと電話で話しています。
そして大抵約束の時刻より10分くらい早く来て、その10分を電話に費やします。
当時は携帯電話なんて誰も持っていませんでしたから、私の電話を使うわけです。
こちらの都合で待ってもらうときなど「私の時間を無駄にするなら、あなたの電話代を無駄にしてあげるわ」ってことか? と思うほど容赦なく電話をかけまくります。

あと、「なんか飲む?」と訊くと、必ず「水」と答えることも共通していました。
「コーヒー飲む?」と訊いても「いや、水で。」でしたので私は冷蔵庫にミネラルウォーターを常備しておりました。
彼女たちはそこに水があることを知ると、こちらから訊かずとも勝手にグラスを取って、勝手にやってくれて、楽でした。

そして、いつも安定してキッチリ唄っていました。
あの人たちっていつ、どこで練習しているのか...結局わからずじまいでした。

2008年2月15日

「今日は気分が良くない」といえる文化

アメリカ女性とある程度仲良くなると「今日はちょっと気分がのらない...」と言う人が多いです。
これがたぶん多くの男性には助かります。
仕事ではなかなかそんなふうにはいかないでしょうが、個人的なつきあいなら予定の変更など対応がわかりやすくて良いのです。

誰にでも気分の良い日と悪い日ってありますよね。
それを当たり前のこととしての文化なんでしょうか、「今日は気分が良くない」と相手に言ってもらえると本当に楽です。
私はそれに気付いてから、必ず約束の1時間前くらいに相手に電話して、約束の確認をするようにしていました。
で、「気分が良くない」と言われたら、「予定変更しようか?」と持ちかけました。
するとほぼ 100% の確率で「そうしてもらおうかな...」となり、相手は気分が乗らないのに出てこなくて良くなりますし、私も変な気を使わずにすみます。

私は多くのアマチュアシンガーのデモテープをプロデュースしていたので...その話ですよ。
決してチャラオだったわけではありません。
そもそも全然もてませんでしたし。(笑)

また、気分が乗らない日は "I don't know." を連発する人が多いです。
何か訊いても大抵、 "I don't know." ではじまり、 "I don't know." で終わります。
"I don't know. Maybe.... I don't know." みたいな感じです。

自分の気分で相手の予定を変更させるのは「わがまま」だとする考え方もあると思いますし、どっちが良いとか悪いとかを言うつもりはありませんが、アメリカではそんな感じでした。

2008年2月 6日

ものとり被害

"コトン"
誰かがそっとドアを閉める音がして私は目覚めました。
外は結構明るくなっていましたが、私がめざましをセットした時刻にはまだまだ余裕がありました。

「...なんじゃ?」

部屋に人の気配は感じられません。

私は布団から出てリビングを見回します。
「...なんじゃ?」

玄関のドアをチェック。
「...鍵あいてる。」

昨夜鍵をした記憶を呼び起こします。
「たしか寝る前に鍵確認したよなぁ...。」

もう一度リビングを見回します。
特に荒らされた形跡もなく、盗られたものもなさそうです。

「...なんじゃ?」

私は鍵をかけ、布団に戻りました。

しばらくて、私は何かが近づいてくる気配を感じました。
「...ん?」
うっすらと目を開けると、そこには銃口が!

なんて、ニューヨークではありそうな話ですが太字部分は冗談です。
ごめんなさい。 m(_ _)m
布団に戻ったところまでは本当の話です。

いつものようにめざましで起きた私は、さっきの出来事を整理してみました。
「確かにドアが閉まる音がした。でも人が入った形跡はないし、カネメのものもなくなっていない。しかし玄関の鍵はあいていた。」
「ということは、誰かが入ってきて、出て行った。」

私の部屋は最上階でした。
小さなBBQパーティが出来るくらいのテラスがついていて、それがこの物件に決めた理由のひとつでした。
ところが、これこそが誰かが侵入した原因だったのです。

ニューヨークのアパートの多くはこの写真のように建物同士がピッタリくっついていて、高さも大体揃っています。

ニューヨークの一般的なアパート

なので、以前に書いた「ニューヨークのアパートのセキュリティ事情」という記事の私のように、誰かもわからず人をアパート内に入れてしまうと、その建物の屋上に出て、あとは屋上伝いにいくつものアパートに侵入できる可能性があるのです。

このとき侵入した犯人は屋上伝いにやってきて、テラスから私のアパートに侵入。
鍵を開けて出て行ったのです。
間違いありません。
その推理には絶対の自信があるのです。
なぜなら...
「私がテラスのガラス戸の鍵を掛けていなかったから~っ!」

入られて当然です。
(´。・_●・`) 反省...

出掛けようとしたとき、昨夜書いた日本にいる友人宛の手紙がみつかりません。
いくら探しても見つからないので、あきらめて出掛けました。
きっと犯人が手紙を踏んでしまったとか、証拠を残してしまったから持ち去ったのだと思います。
その手紙を投函してくれるくらいの愛嬌があっても良かったと思うのですが、手紙が友人宅へ届くことはありませんでした。

ここで、チャンチャン♪と終わるわけには参りません。

あの日、たまたまテラスのガラス戸の鍵を閉め忘れたから侵入されたわけで...
よく考えてください。

しょっちゅう見られていた可能性があるのでは...?
犯人は何度もやってきてて、「ここの鍵が開いているときに入ってやろう」と企んでいたとしたら、ムチャクチャ怖い話です。
入られたことより、そっちのほうが怖くないですか?

更に、リビングにカネメのものがないからと、ベッドルームに押し入られていたら...
ナイフやガンで脅されていたら...

その後私は同じ建物の別のフロアに引っ越しました。

マンハッタンのペントハウスって、バブリーな響きでカッコイイですけど、周りから突出した高さの建物のものならよいでしょうが、ドアマンのいない写真のようなアパートのペントハウスなんてそんなものです。
危険極まりない!

人生捨てた犯人だったら、ガラスを割って侵入してきますから、鍵云々の話ではありません。

2008年2月 4日

ソフナー

アメリカ生活で感動したものの中にスフナーがあります。

バウンスとか、まあ日本でもアメリカ発のものが売っていますよね。
でも私が感動したのは、ペーパータイプのものなのです。

ニューヨークの人は基本的に洗濯物を乾燥機で乾かします。
ペーパータイプのスフナーは乾燥機に入れて使うのですが、これを使うとやわらか~く、肌触りサラサラになるのです。

それだけではないのです!

このペーパータイプ、静電気を強力に除去します。
ズボンをはいたときに静電気が気になったりしますと、ペーパータイプを1枚取り出し、気になる部分をなぞってやると一発で静電気よさようならなのです。

アメリカでは種類も豊富で、私がどの銘柄を使っていたかは残念ながら覚えておりません。
ずっと同じものを使っていたと思います。

しかし!

残念なことに日本ではペーパータイプはなかなか手に入りません。
ソニープラザで売ってるのですが、高い、高い。
いくら優れものでも消耗品1箱に600円も700円も出せません。
...とはいえ、一度だけ買ったことがあるのです。
「ダウニー」だったかな?

あれは、静電気除去効果が少なかったです。
一瞬静まるのですが、ちょっと経つとぶり返してきます。

日本も花粉症で悩んでいる方の中には、洗濯物を外に干せず、やむなく乾燥機を使っている方って多いと思うのですが、日本のメーカーさん、何とかしていただけないでしょうか?

2008年1月31日

英語キャラな自分 まとめ編

数回にわけて書いた記事ですが、ここでまとめておきます。
意味不明な内容が多かったのでかなり修正しております。

英語力が伸びるにしたがって、英語で聞いて英語で答えるようになります。

日本で暮らしている日本人でも、外国人に「ハロー!」と言われれば即座に「ハロー!」と返す。
これが普通ではないでしょうか?

そんな感じで徐々に日常の会話が成立するようになっていきます。

海外生活で習得する英語は、単語を覚えるというよりフレーズで覚えていく感覚で、そのフレーズを「こういう場面で使う」と "身につけていく" のです。

会話の中で「A」と言われたことに対して「B」と答え、たまたまそれがウケルと次回も「A」と言われると「B」と返すようになります。
また、映画やドラマを見ていて気に入ったフレーズは蓄えていきます。

それと平行して私のような根がバーテンな男(笑)の場合、アメリカで暮らせばアメリカキャラ、オーストラリアで暮らせばオーストラリアキャラになり、言葉と一緒にその環境の中でスムーズにやっていくためのキャラを着るようになりました。

映画館に行くと、それが義務であるかのようにコーラ飲んでポップコーン食って「Yeah!」です。
日本ではカチンときていたような店員さんの不手際も、アメリカキャラの自分は寛大に受け止めたりします。

そうやって徐々に自分の新たなキャラが立つようになり、気がつくと「あれ?ちょっと日本語の自分とキャラが違うんじゃないの?」と思う場面がある...って、私だけでしょうか?

そもそも日本語のキャラは、英語のキャラクターから派生したと思いますが、ここで私がキャラと言いますのは attitude のほうが近いように思います。

アメリカにはアメリカの、オーストラリアにはオーストラリアの好まれる attitude があり、自分なりのアンテナで感じたキャラを着ました。
周りに馴染みたい、溶け込んでいきたいという気持ちが強かったと、言い訳しときます。(笑)

では、アメリカキャラな自分に出来て、他のキャラでは出来ないことの例を書きます。

アメリカキャラな私は他人を褒めることに一切の抵抗や、恥ずかしさを感じませんでした。

例えば、日本で素敵なジュエリーを身につけていたり、とてもその人に似合う帽子をかぶっていたりする人を見かけても、「お似合いですね」と声をかけることはありません。
心ではそう思っているのですが、恥ずかしくて言えません。
また、私が「お似合いですね」と声をかけることで、相手の方が恥ずかしくなってしまったりして、かえって迷惑をかけるのではないかという思いもあります。

でもアメリカでは一日一善じゃないですけど、出かけると一度は誰かの何かを褒めました。
何も恥ずかしくなかったですし、相手も "Thank you." とニッコリ返してくれるだけで、「ゲェ!ナンパしてきた」といった空気は一切ありませんので、そこがポイントだったかもしれません。

私自身もストレートのロン毛だったころは、女性によく髪の毛を褒めてもらいました。
もちろん "Thank you." と答えるだけで、それをきっかけにナンパしたことはありませんよ。

オーストラリアにはそういう空気はありませんでしたので、出来なかったです。

それから、何といっても「当たって砕けろ!」ですね。

若者の専売特許です。
ある程度大人になると「砕けない方法」を考えて、計画的に物事に取り組まねばなりません。

渡米前の私はどちらかというと楽観的で「ミュージシャンになりたい」という夢以外のことはどうでもいいこととして、とにかく考えることや努力を一切しませんでした。
すべてが成り行きまかせで、大人から見たら「無気力」だったかもしれません。
そういえば私たちの世代は世間から「新人類」と言われていました。

そんな私が「当たって砕けろ!」を実践しはじめたのは、渡米してからのことでした。
帰国してからも実践しているわけではありませんので、やはりこれもキャラのひとつだったんだと思います。

日本にいた頃は親や友人たちが力になってくれたり、意見してくれたり...
同級生がするように自分もしておけば流れに乗れたり...
ある意味周りがどうにかしてくれるところがあったので、「当たって砕けろ!」的な行動を起こす必要はなかったんだと思います。

ところがアメリカでは親も友人たちも遠く離れてしまい、家庭用ファックスさえほとんど普及していなかった時代ゆえ、限りなく一人になり...東京時代より一歩進んだ一人暮らしがそこから始まりました。

一人でいると電話は全く鳴りませんし、誘ってくれる友人もいません。
自分から行動を起こさないと何も始まらない環境だったので、「ハッタリ上等!」「当たって砕けろ!」にならざるを得ませんでした。

アメリカはそんな若者に寛大で大勢の人たちにたくさん助けてもらいました。
出会う人みんなが、その場でその人たちに出来る最高の仕事で私を導いてくれました。
アメリカ人の正義感や、自由を愛する気持ちはこういう体験をするとよくわかるようになります。

ただ、そういう精神の上に成り立っていない私は「あれ?そういうものなの?」と勝手な思考が芽生え、2度、3度と助けられると完全に自分を誤解します。
...ていうか、していました。

今考えると激しい無知を掲げて無謀の連続、ポジティヴに表現すると行動力抜群!
常に全力でそれなりに充実した時間だったと思いますし、あのテンションでなければ堕落の生活しかなかったんだと思います。
3年しかいなかったのでそれですんでいたのでしょう。
もっと長くいたら、きっとキツイおしおきを受けていたと思います。

海外生活を終えて帰国し、早13年。
日本社会でサラリーマンの端くれとして生活してきました。

さすがに、海外で生活していた頃の自分とは価値観が大きく違った私が今ここにいて、
「もうあの頃のようなキャラは意識しても着れないなあ...」
と感じたことから「英語キャラな自分」として自己分析をしてみようと思ったわけです。

同じ私であっても、初めての海外生活がオーストラリアのときのようにサラリーマンとして海外赴任する状況であれば結果は違ったものであったと思います。

2008年1月17日

ブラックレイン まとめ編

数回にわけて書いた記事ですが、ここでまとめておきます。
一部修正しております。

今はなき松田優作さんの迫真の演技で話題になった映画「ブラックレイン」を観にいったときのことを書きます。

私は平日の夕方一人で映画館に行くのが好きでした。
むちゃくちゃ空いているからです。
タイムズスクエアあたりの大きな劇場に行くとスクリーンはデカいし、音響も良かったりするのですが、私はアパートに一番近い劇場が好きでした。
お客の肩の力の入り具合がタイムズスクエアとは違ってリラックスしているので、ある意味自分の場所というか...

そもそも、映画を見に行くという行為自体が日本とアメリカでは大きく違います。
アメリカでは日常の中にあり、日本のようなイベント性は薄いです。

映画を観るためにバスや地下鉄に乗って出掛けていく時点でイベント行為となり、エネルギーを使います。

私は「退屈だな...映画でも行くか」と、ふらっと出掛け、チケット売り場で何を観るか決めるのが好きだったので、ゆるい日常の中にあるものであって、だからこそ週1本くらいのペースで観にいけていたと思います。
日本では全く行っていません。
映画館にフラっと歩いていける場所に住んだことがないからです。

さて、話をブラックレインに戻します。
この映画に関しては予告編で観ていて、絶対に初日に観ようと決めていました。
チケット売り場に行列はありませんでしたが、それは私が開演ギリギリに行ったからだということを中に入って知りました。
すごい混雑で自分一人分の席を探すにも時間がかかりました。
ようやくひとつ席が空いていることを確認し、その場所はブロックの真中あたりだったので、"Excuse me."を繰り返しながら座っている人たちに足を縮めてもらいながら...ようやく席にたどり着いたときにライトが落ち始めました。

私の両隣は黒人カップルでした。(後に意味を持ってきます...要チェック!)

映画が始まり、なんでアメリカ人がイメージすると日本の町並みってこうなるの?と、その「アホさ加減」に苦笑していたのも束の間...
話は盛り上がっていきます。
観客の盛り上がり方もスゴイです。

もちろん私の周りの人たちはマイケルダグラス応援団なわけで、松田優作をはじめ悪役俳優たちは気の毒なほどにブーイングを喰らっています。

本当にあり得ないほど会場が盛り上がり、異様な空気が充満し始めました。
私はふと自分の身の危険を感じ始めました。

「ヤバイ...今すぐ出たほうがいい」

何がヤバイってこれだけの人数がハイな状態で、スクリーンの中の日本人たち(高倉健さんを除く)に罵声を浴びせています。
「何だオメェ、日本人か!」なんてことになりかねません。
アメリカは怖いのです。
口喧嘩にのせられて刺されるなんてことが現実に起きるところです。
トラブルの匂いがしたら「逃げろ!」「逃げろ!」です。

右を見るとカップルがひざ上ダッコ状態で...
左も同様にひざ上ダッコ状態...
しかもむちゃくちゃ盛り上がってます。

「ヤバイ...出れない」

現実問題として逃げれません...

ブラックレイン公開初日のほぼ満員状態の劇場。
マイケルダグラスが日本人俳優を殴るたびに "Yes!" "Yeah!" と場内は大盛り上がり。

日本人の私は完全にヤバイ状況で、劇場を出るタイミングを間違えてはいけません。
映画はまた別の日でも観れますし、最悪ビデオで観ることもできます。
出るタイミングを間違えて「こら日本人!」なんて挑発に乗せられてしまっては、とても面倒なことになります。

私は映画どころではなくなり、いろんな場面を想定して、シナリオ作りです。
 ・中国人だと言う
 ・韓国人だと言う
 ・空手の真似をする
 ・友達になっちゃう(笑)

どれも駄目です...

スクリーンではマイケルダグラスと高倉健がストーリーの終わりを思わせる状況です。
両隣は変わらずひざ上ダッコ状態。

スクリーンにはクレジットが流れ始めました。

すると...

左側のダッコカップルがすっと立ち上がり移動を始めるではありませんか!
やった!
当然私もこのカップルについて通路に出て、そのあとは猛ダッシュ!
大げさに言っているのではなく、マジで館内猛ダッシュです。
映画館の出口を出て、通りの角を曲がったときようやくホッとしました。

在米中はとにかくトラブルに巻き込まれないように気をつかっていました。
前に書いたことがあるツバ事件のように、誰がいつどんな言葉や態度でキレるかわかりませんし、簡単にナイフだ銃だって話になりますから...大人はそうでもないのですが、ティーンエイジャーは本当に要注意です。
ニューヨークに行って、前方にティーンエイジャーがたむろしているような場面に遭遇した場合、引き返すか、道を曲がってください。
引き返してもいいです。

そんなこんなで映画の中盤以降はほとんど観ていないような感じでしたが、一箇所「お~っ!」と声を上げそうになったのは、ガッツ石松が登場したときでした。
「相変わらずだな~っ!」って。(笑)

2008年1月10日

海外生活 初級者編 食生活 まとめ編

数回にわけて書いた記事ですが、ここでまとめておきます。
一部修正しております。

なにはともあれ、食べなくてはなりません。

スーパーマーケットの食材は概ね1パックがものすごい量で、特に肉は1か月分か?とも思えるものです。
持って帰るのも大変です。
そういうわけか、たいていのスーパーには配達係り(デリバリーパーソン)がいて、わずかなチップで配達してくれます。
お年寄りにはありがたいサービスです。

私は食材を買って結局捨ててしまうのが嫌だったので(?)、キャンベルの缶スープをいつも利用していました。
具だくさん系、ドロっと系のものを好んでチョイスし、これを1合のご飯にかけて食べるのです。
ちょうどいい量だし、安いし、簡単だし、最高でした!

でも生来パンが好きな私はサンドイッチもよく食べました。
サンドイッチは自分で作らずデリを利用しました。

あちらでサンドイッチを注文するときは仕様を言ってあげなくてはなりません。
これは注文の仕方を知らなかった私が初めてサンドイッチを注文したときのやりとりです。

壁に貼られたメニューを見る。
何だかよくわかんないなあ...ここは無難にローストビーフといくか...
「ローストビーフサンドイッチください」
「どのパン?」
「えっ?」
「ヒーロー、ロール...」←店員さんが種類をベラベラと言い始めました。
...何だよ、わかんないよ。...んなもん何でもいいんだけど。 そんじゃあ...
「大きいやつ」
「ヒーロー?」
「そう」
バゲットのハーフサイズくらいのものを取り出す。
お~っ!結構、いやかなりデカイじゃん。
「これはヒーローって言うんだ。マイフレンド。今度注文するときはヒーローって言えばいい。」
「ありがとう」
「日本人か?日本に行ったことあるよ。」
この一言が妙にうれしかったけど、うまく会話を盛り上げられません。
「へえ、そうなんだ」
「レタス?」
「はい」
「トマト?」
「はい」
「たまねぎ?」
「いいえ」
「マヨネーズ?」
「はい」
「塩コショウ?」
...ん? まあいいや。
「はい」
「ほかには?」
「結構です」

松嶋菜々子さんのコマーシャルみたいでしょ?

出来上がったサンドイッチを真ん中でサクっと切って、紙に巻いてくれます。
その紙にマジックで金額が書かれ、受け取った後レジで清算します。
ちなみにそのときのローストビーフサンドイッチは $5 ちょっとでした。
どうして覚えているかと言いますと...

そのサンドイッチ、めっぽう美味くて「今日はサンドイッチを食べよう!」と思い立ったとき、いつもこれを注文したからです。
お昼に半分食べ、後の半分は夕食になります。700円くらいで2食食べられるので悪くありません。

観光でニューヨークへ行く方はサンドイッチを持って、セントラルパークや川沿いの公園に行き、ベンチに腰掛けて食べると良い思い出になるのではないでしょうか。
季節しだいですけど。

では、ローストビーフサンドイッチの注文の仕方をご紹介します。

Can I have a roast beef sandwich, please.
そして、相手に質問される前に...
I would like it, lettuce, tomato, mayonnaise and salt&pepper, on a (hero).

お店によっては hero という呼び方をしないところもありますので、もし通じない場合は (hero) の部分を、larger bread と置き換えれば良いでしょう。
多分「これでいいか?」と実物を見せてくれますから、よければ「Yes, please.」、大きすぎると思ったら「Something smaller, please.」で。

また、女性の場合は食べきれないかもしれませんので、roll をおすすめします。
roll はお店によって大きさがまちまちですが、呼び方としてはどこのお店でも通用しますよ!

さて、次はファーストフードのお話を。
海外生活に慣れないうちはファーストフードに頼りがちです。

マクドナルドに行くと何を食べられるか知っていますし、値段も $10.00 を超えることはまずないので安心感が違います!よね?
私はマクドナルドのほかには、バーガーキングをよく利用しました。

さて、これらのハンバーガー系ファーストフードのほかにニューヨーカーがよく利用するのは、屋台のホットドッグ、プレッツェル、デリのべーグル、そして断然多いのがピザです。

ピザ屋さんは街のいたるところで見ることができ、私も渡米直後からずっと気になる存在でした。

でも、注文の仕方がわからずお店の前で「やっぱりやめた」ということが何度かあり、初めてピザ屋さんを利用したのは6ヶ月ほど経ってからでした。

そのときは「今日こそピザを食べるぞ!」と覚悟を決めて出かけました。
 ...何て注文すればいいんだ?
 ...Can I have a piece of pizza, please? か?
 ...何か硬くないか?
 ...まいっか。今日こそ食べるんだ!

近所のピザ屋に入ると、注文待ちで並んでいる人達がいます。
私の前の南米系の青年が言いました。
"Give me a slice."

そっか☆

私の番が来ました。
"Give me a slice."
ヨッシャー!

こうして私は念願のチーズピザを初めて食べることができました。
若者のピザにトッピングは不要です!

結局私はこの日に食べたピザの美味さに完全にノックアウトされ、以降週に1度はピザを食べました。
そのお店でも一番売れるのはプレーンなチーズピザなので、これが一番回転率が良く、これを注文する限りかなり鮮度の高いものが食べられ、元が直径60~70センチはあろうかという特大サイズの1スライスは若い男子の空腹を満たすに十分なボリュームです。
しかも値段は $1.50 程度だったと思います。
当時の為替レートで200円くらいですから、最高です☆

ドリンクを注文しないのが硬派の流儀です。(笑)
他の客を見ていると、一人で来る客はドリンクは頼まず、席について2分くらいでピザをやっつけ、すぐに立ち去ります。家族やデートで来る客はドリンクも注文してそこそこ長居します。

ニューヨークのピザ屋さんは日本の牛丼屋さんのような存在で、なくなると困る人がたくさんいます。

ピザ以外に気になりつつもなかなかトライできなかったものがもう一つありました。
中華です♪

私の場合、中華料理に広東、四川、北京など...種類が色々とあるということを知ったのはニューヨークででした。
そして自分は広東が好きだということも知りました。

私が興味を持ったのはレストランといえばレストランなのですが、いわゆる着席してオーダー取りに来て...といったレストランではなくて、もっとファーストフード寄りの持ち帰りや、出前中心のお店でした。いわゆるレストランはそこそこ値段がします。
チャイナタウンならともかく、私が住んでいたアッパーウエストサイドの中華レストランはこじんまりした4席のテーブルに白やピンクのテーブルクロス、机上ローソク...といったデート仕様のお店が多く、中華らしい円卓を置いたお店はありませんでしたから、そんなお店で一人メシなんてする気にもならず、一度利用しただけでした。

では、話を今回のトピックであるファーストフード寄り中華に戻しましょう。

初めて食べたのはもう何度も登場しているアパートの階下の女性の部屋を訪ねていたときのこと、夕食どうする?という話になり、出前を取ろうってことに。...っていうか、当時私は「which one」と訊かれて「yes」と答えていたらしいので、ほとんど彼女が決めたんですけどね。

ピザ、コーヒーショップ(バーガーやサンドイッチを配達していました)、中華のメニューがあり、どれがいい?と訊かれた私は中華を選択。
でもメニューの中から何を選べばいいのやら、よくわかりません。
膨大な種類の中からシンプルな「チキン with ブロッコリー」を選んだのはチキンもブロッコリーも得体が知れたものだったからです。

彼女は受話器を持ち電話を始めました。
「cv中オk、l。;いう8yfrrgふいjkljbvctr」
...
「Thank you.」

あーっ!
メニューなんか見てる場合じゃなかった。
彼女が何と言って注文したか聞いていなかった。
しまったー!
自分が注文するときに困る~ (x_x);

その場で訊いて教えてもらえばよかったんですけど、そうしませんでした。
またこんな場面があるだろう...と思ったからです。
訊かぬは一生の恥ですね。結局そんな場面はもうありませんでした。

10分ほどで料理が届きました。
映画で見たことがある白い紙製の容器に入ったおかずとご飯。
(それぞれ別の容器に入っています)
ふたを開けてみると、今にもこぼれ落ちそうなほど目一杯詰め込んであり、近くのお店から持ってくるのでアツアツです。

ウマソー♪

一口食べて私は「チキン with ブロッコリー」の虜となりました。
その後最低でも週に一度、多いときは週に三度は「チキン with ブロッコリー」でした。
お店に行って、店員が私の顔を見ると注文しなくてもオーダーを通してくれました。
時々それが悔しくて、「フライドチキンもね」(笑)

そのうちにお店に行くのが恥ずかしくなって、1ブロックとなりにあったお店に浮気するも、味が合わずに(正妻は広東、浮気相手は四川だったので同じ「チキン with ブロッコリー」でも味が違うわけです)出戻ることに... そんな私の浮気を知ってか知らずか、アルバイトらしき少女店員はいつもの笑顔で迎えてくれて、またオーダーを聞かずに調理場に大声を張り上げます。

「オーダー訊いてくれよ... 今日はお腹が空いていてラージを頼むかもしれないじゃん...」

ある日、私は一つの決意を持っていつもの中華屋へ。
前回ランチを買いにとき、隣のヒスパニック系且つガテン系の兄さんが注文していた「フライドチキン with フライドライス」がすごく美味しそうで、「次はこれだ~!」と決めていたのです。
お店に着く。
いつもの少女はいません。 「ヨッシャー!」

「フライドチキン with フライドライス ください。」

B5サイズくらいの弁当箱のような容器に目一杯詰め込まれたチャーハン。
その上に油で素揚げした鶏のもも肉。
超ガテン系のランチです。

お店があるアムステルダムアヴェニューから、数ブロック歩き、リバーサイドパークへ。
街中の喧騒が嘘のようなリラックスした場所で、私のお気に入りスポットです。
ベンチに腰掛け、ハドソン川のゆるい流れを見ながら食べる弁当は最高!

さて、弁当の話...
フライドチキンは単品で食べたことがあり、チャーハンも食べたことがあったので、失敗はないはずでした。
ところがこれは失敗だったのです。
組み合わせが悪かった...
すごい量なのに、すごい油...
何とか最後まで食べきりましたが、その日は夕食を食べることができずに、ずっと気分が悪かったです。

「やっぱ チキン with ブロッコリー か...」

とにかくあのお店のブロッコリーの火の入り具合が絶妙でして、しっかり熱が入っているのにシャキシャキした食感がたまらなく好きだった私は、その後いろんなブロッコリーシリーズに挑戦しました。

ビーフ with ブロッコリー、 シュリンプ with ブロッコリー ...
でも、それぞれ味付けが違い(ビーフはしょうゆ系、シュリンプは塩系)、どれも チキン with ブロッコリー には及びません。
ソースがしっかりからまったブロッコリーのアフロ部分がまたひとつのハイライトだから、ソースの味は重要です。

「こまった。困った。コマッタ。 結局 チキン with ブロッコリー かよ。」

「ここは、いよいよ出前に切り替えていくしかなさそうだ。いやいや、前からわかってはいたんだけど電話で何て言ったらいいのかがわからなかったから買いに行っていただけ。あたって砕けろだな...」

~後日~

ピポパポ...

あたって砕けろでピポパした私。

「○○中華レストランです。」
「出前お願いします。」(Delivery, Please. と言いました。中1の1学期レベルですね...)
「はあ?」

ここでちょっと脱線します。
中国人(メインランドから来た人たち)は本当に「はあ?」と言うのです。
どんな場面でも、誰に対しても「はあ?」です。
「はあ?」に相当する英語を使うわけではなく、この文字を読んでいただいたとおりに発音します。
そしてそのときの表情が一様に「え~っ?わかんね~よ」と顔に書いたかのような感じです。
最初は誰でも「はあ?」と言われるとイライラすると思いますが、そのうちに場慣れします。(させられる?)
脱線ここまで。

...そっか。
発音が悪かったかな。
気を取り直して「出前をお願いします。」(もう一度、ただし発音に気をつけて Delivery, Please.)
「ご注文は?」

よっしゃ☆

「チキン with ブロッコリー をお願いします」
「他には?」
「要りません」
「当店のミニマムオーダーは8ドルです」

な、なんと?
~そういえば、メニューのどこかに8ドルがどうのこうの書いてあったな...

あせった私は...
「じゃあ、フライドライス」
~何言ってんだ?なんで白米がついてるものを頼んだのにどうしてよりにもよってチャーハンなんだ!?

「他には?」
「要りません」

「住所は?」
「○×□△」

「Thank you♪」

電話を切り、落ち込みまくる私...

15分ほどで料理が届きました。
会計が9ドル弱だったので、10ドル渡して「おつりは要らないよ」(Keep the change. って言います。)

このときの中国人配達係は本当にうれしそうな顔をします。
日頃メインチャイナ出身の人たちはほとんどニコリともしないので、チップをもらったときのウレシそうな表情はすごく印象的です。
彼らはそんな時、当時の私のような若造にも「Thank you, sir.」...なんと「サー」呼ばわりです。
(尊敬語というか目上の人に対して使います)

話を戻して...
単に6ドル弱の「チキン with ブロッコリー」が食べたいだけのことなのに、出前を取ると10ドルの支出を余儀なくされます。
これではそうそう頼めません。

よってそれ以降は3回店へ、1回出前というパターンでした。
考えてみれば、私がニューヨークで一番食べたのは「チキン with ブロッコリー」だったのですね。
次いでキャンベルの缶スープ、ピザ...

今の年齢でそんな食生活をしていたら即病気になるでしょうね。
若さってすばらしい!

2007年12月31日

勝手に広まる良い習慣

ある日お世話になっていたプロデューサーの家にお邪魔すると...
"Katz, Take your shoes off." (靴脱げよ)

「どうしたの?」と訊くと...

私のアパートでいつも靴を脱いでもらっていたら、「それが当たり前のこと」と思えるようになったそうです。
それまでは何の疑問ももたなかったものの、考えてみればドコソコかまわず歩き回った靴でカーペットの室内に入るなんて、汚すぎる...ということでした。

思わぬところで人に影響を与えてしまいました。(笑)

というのも、私は本当はソファを置いて靴の暮らしがしたかったのですが、そのためにはテレビ台、テーブル、ソファ...と買うものがたくさんあり、気に入ったものが見つからないまま月日が過ぎてしまったのが実際のところなのです。

仕方なく床生活をしていたら、実は快適な暮らし方として他人に参考にされてしまったというわけです。

結局、階下の女性も靴下&床生活になりましたし、良いことはお薦めしなくても勝手に広まっていくんですね。

2007年12月24日

自分流日本人定義の必要性について

海外で暮らして、日本人でない友人ができ、彼らとある程度親しい関係になると、一度は宗教のことを訊かれるものです。

「あなたは?日本人全般的には?」

私の場合は、はじめて階下の女性にこの質問をされたときに
「仏教だよ。クリスチャンもいるよ。」としか答えられませんでした。
彼女はそれ以上訊きませんでした。

お粗末...
小学生の容姿でこの回答なら恐らく許されるでしょうが、現場の私は質問に回答するという命題だけで目一杯になり、回答の質まで頭を使える余裕がありませんでした。

なので、あれがお粗末なことだったと自分で気付くのはずっと後になってからでした。

私が知る限り、「自分の宗教への理解度の低さ」において日本人はかなり下位、特に先進国中で軽く最下位なんじゃないかな...と自分を棚に上げるわけですが、いかがでしょうか。

これから海外で暮らす計画のある方は、少なくとも自分の宗教のこと、日本人とは?というテーマで、自分なりの考えをまとめておくことをお薦めします。
それが正しい、間違っているなんてことは問題ではありません。
「私はこう思う」という意思が必要です。

と書いた後、自分の場合は...と続けるととても生意気な感じになってしまいますよねぇ...
まいっか。

「当時の私」はこう答えることにしました。

私は無宗教です。
実際にはファミリーで仏教のお寺にいくので、仏教なのですが、自分が仏教徒だと言えるほど仏教のことを知りません。
今の平均的な日本人は、神の子としてこの世に生を受け、キリストの前で結婚し、死んで仏となります。
そういう意味で多くの日本人は無宗教なのです。

こんな理屈っぽいことを人さまに言うことを恥ずかしく感じますが、当時の相手は皆真剣に聞いてくれました。(笑)

ところが、最近になって...
実はそれこそが聖徳太子が求めた世界だったという、堺屋太一さん原案のテレビ番組を観て、大変驚きました。
そこまで付け加えて自分の言葉で言えていたら、もっと彼らに印象深く聞いていただけたと思います。

「いいとこどり」の思想というそうですが、垣根を取り払って世間を広く見渡し、自分が良いと思うものは素直に、積極的に取り入れる...ということ。

今の世の中を太子が望んだものだとは思えませんが、少なくとも宗教のいいとこどりはできていますよね。

ところで、小学校の歴史で学んだ遣隋使ですが...
アポなしでいきなり訪れ、言葉はどうしたんでしょうか?
隋と倭はそのまま筆談が通用したってことなんですか?
神話と実話の境目ってどこなんでしょうか?

調べてもさっぱりわかりません。
学校では断言する形で教えられてたはずなんですけどね。
調べると何も断言されていないんですよね。

2007年12月20日

味噌汁は海外で自慢できるのか?

昔々のことですが、テレビで「味噌汁は世界3大スープのひとつだ」と聞きました。
そして、「こんなに簡単に作れて、誰もが均等に一定レベルを再現できるスープは他にない」と言っておりました。

当時の私はそれを一人の人間の個人的意見だと判断できる能力がなく、「へえ~、そうなんだ☆」と額面通りに受け取りました。

Google で 「世界3大スープ」 を検索してみるとなかなか面白いですよ。
お時間のあるときに是非、遊んでみてください。

恐らく多くの人が察するように、個人的嗜好の問題ですから、色んな意見が出てきます。
ただ、一般的には「ブィヤベース」「フカヒレ」「トムヤンクン」などと言われるようです。

ところで、味噌汁は世界3大スープのひとつだと信じて海を渡った私...
結果はどうだったかといいますと...

あまり好まれませんでした。

日本人の手前、悪くは言えない...
でも美味しい... おいしい? ん~...おいしいか?

そんな感じが一般的でした。

「ああ、寿司を食べに行ったら勝手に出てくるあれだろ!?」
程度の扱いなんです、きっと。

一度階下の女性に私がつくったインスタント味噌汁を飲ませたことがあります。
もちろん生ミソタイプですよ。

「どう?」と訊く私に
「サカナくさっ」と答えました。
で、少し落胆する私を見て 「でもおいしいわ」 と付け加えました。

2007年11月25日

喜ばれる子供向けプレゼント

暮らしていると現地の人と交友関係になることが増えてきます。

私の場合、一番よくしてくれた音楽プロデューサーは家族ぐるみで~といっても私は一人でしたが~お付き合いしてくれました。
家族ぐるみでの付き合いになると、例えば子供の誕生日パーティーなんかに呼んでもらったりします。

私は第1子(女の子)の1歳の誕生パーティーに招待され、手ぶらで行くわけにもいかず、プレゼント選びに大いに悩みました。
ミッドタウンのデパートや、アパート近くのかわいいお店なんかをたくさんまわりました。
でも、何が喜ばれるのかさっぱりわからずで...
悩んでいる間にもパーティーの日はどんどん近づいてきて、下手すると最悪のケースになりかねなかったので、とにかくお店を決めました。

5番街58丁目の「F.A.O.シュオルツ」は、トムハンクス主演の「Big」で出てきたおもちゃ屋さんです。
日本人的感覚?の「贈り物は○○デパートの包装紙」で、このお店のラッピングなら問題あるまいと思い、今日は必ずプレゼントを買って帰ると心に決めて出かけました。

ぬいぐるみのような平凡なものにはしたくありませんでしたし、値段は適切なものにしないとおかしなことになっら嫌でしたし、結局2時間くらいあれこれ見て回った結果、クレパス、色鉛筆なんかがセットになったものを購入しました。
20ドルくらいだったと思います。

当日、初めてのアメリカの誕生パーティーに出かけると...
結構みなさん手作りのプレゼントを用意していて、人形だったり、どうやって使うのかわからない意味不明な物体だったりで、ラッピングも自分で包装紙を選んでサクっと巻いてきましたみたいな感じでした。

私のプレゼントは幸いにも大変喜ばれて(両親に)、誕生日の後も何度もお礼を言われて恐縮しましたし、そのセットを使って子供が描いた絵もたくさん見せてくれました。

お店のチョイスもよかったようです。

すでにお絵かきセットを持っていても、消耗品ですから問題ありません。
おすすめですよ。

2007年11月22日

アンザッククッキー

さらにもう一発いきます!
日常的に食べていたスイーツネタ第5弾です。

今回もオーストラリア編で、アンザッククッキーです。

オーストラリアのアンザッククッキー

第一次世界大戦中、戦地に赴く夫や息子の健康を案じた女性たちが工夫して作ったのが始まりだそうです。
そう聞くと特別な日に焼くクッキーのように思いますが、実際はキオスクなんかでも買えます。

初めて食べたのは渡豪して、アパートを探す間お世話になっていたホテルでした。
室内にコーヒー、紅茶が用意してあって、お茶うけにクッキーが数種類置いてありました。
その中で一際美味しかったのがアンザッククッキーでした。

レシピはわかりません。
何だか木の実系のものなんかがザクザク粗めに入っていて...
入っていてというよりは、そのものの寄せ集め的な感じですが...
これら一つ一つの食感がたまらないわけです。

これはアメリカで食べたどのクッキーより美味しかったです。

2007年11月21日

マクドナルドのソフトクリーム 25円+

もう一発いきます!
日常的に食べていたスイーツネタ第4弾です。

今度はオーストラリア編です。

1992年夏のこと。
マクドナルドのソフトクリーム(現地ではソフトサーブコーンといいます)が値下げされ、怒涛の30セントになりました!
証拠はこちら ↓

豪ドルで生活している感覚では30円ですが、当時の為替レートは「豪1ドル=85円」でしたから、そういう見方では25円50銭です。
別に量が少ないわけでもなく、食後にちょうど良い感じでした。

これは期間限定企画だったため、あとで後悔することがないように私は毎日最低1個、多いときは3個を食べました。

私だけでなく、あまりにたくさんの人たちがかぶりついたため、限定期間終了後に復活することとなりました。
日本でもちょっと前に平日の14時以降はサンデーが100円でしたね。

だけど日本にはミニストップがありますからね、いくら100円でもそのためにクルマを走らせる気にもなれず...
でも、一番好きなソフトクリームは KIHACHIソフトクリーム です!

2007年11月20日

ホイップクリームとバゲット

日常的に食べていたスイーツネタ第3弾です。

アメリカにはスプレー式のホイップクリームが売っています。
普通にどこのスーパーにでもあります。

これは私がアメリカで食べていたものとは別ブランドのものですが、日本で入手可能なようです。
エアゾール式ホイップクリーム

私はこれをずっと生クリームだと思って食べていました。
バゲットを買って、このホイップクリームをつけて食べるのが大のお気に入りでした。
クリーム1本で、バゲット5本くらいもちました。

できればあのまま生クリームだったと信じていたかったのですが...
あの味をもう一度食べてみたくなり、日本で入手できないかネット検索していて見つけちゃったのです。

こんな記事を見つけてしまいました。

日本では牛乳が比較的高価なため、植物油を泡立て、クリームと似たような形状と色にした"ホイップ(クリーム)"という代替品ができている。真のホイップクリームはクリームをホイップした(泡立てた)だけの物なので、商品にはホイップクリームという表示はされていない。模造品のホイップクリームとの区別が明確になるように、本物のクリームを生クリームと俗称する。また、アングロアメリカでも「クールウィップ」(Cool Whip) という模造ホイップクリームがクラフトフーズ社から販売されており、泡立てる必要がなくホイップ状態が長期間持続する簡便性から広く普及している。

ホイップ(クリーム)以外の"クリーム"類は(下記参照)すべて牛乳でできており、乳等省令の分類におけるクリームは、「生乳、牛乳または特別牛乳から乳脂肪分以外の成分を除去し、乳脂肪分が18.0%以上にしたもの」と定義されている。

この海外食料品の主な素材が日本で高価なために、国内のより安い素材で代替されるという発展は、ビールと発泡酒の関係やチョコレートのココアバターの代替と似ている。

知らぬが仏です。

2007年11月19日

ニューヨークチーズケーキ

日常的に食べていたスイーツネタ第2弾です。

前回のエントリーでも書きましたが、何しろ私はバタークリームが大嫌いなので、外でケーキを食べることはありませんでした。
...が、甘党の私がケーキゼロ生活などできるはずもなく、スーパーでチーズケーキ(ホール)を買ってきて食べていました。

日本のパスコのような大きなベーカリーが量産したものをスーパーでクッキーなどと一緒に売っているのですが、これが安くて値段から想像する以上においしいのです。

渡米前の私のボキャブラリーの中に「ニューヨークチーズケーキ」とか「チーズケーキニューヨークスタイル」といったものはなく、「ベイクドチーズケーキ」と「レアチーズケーキ」の連立与党でした。
ところが、そのスーパーで買うチーズケーキの箱には「ニューヨークチーズケーキ」と書いてあり、「どこからどう見てもベイクドチーズケーキじゃねえか!」と恥ずかしいツッコミを何度か入れたことがあります。

その後、「ベイクドチーズケーキ」と「ニューヨークチーズケーキ」は同じものに違いないと自分の中で消化したものの、結局どうして「ベイクドチーズケーキ」が「ニューヨークチーズケーキ」と呼ばれるのかわからないままでした。

そこで、調べてみました。
数あるおはなしの中のひとつに過ぎないと思いますが、ご参考まで。

ニューヨークチーズケーキは、ニューヨークに移住したユダヤ人たちから広まったベイクドチーズケーキの一種で、クリームチーズが全体の50%を占めており、コンスターチなどの粉を少量に抑えて酸味のあるサワークリームとケーキ底にグラハムクラッカーを厚めに敷き、じっくり蒸し焼きしたものだそうです。

これはハーゲンダッツのように即完食というわけにはいきませんでしたのでしたが、必ず24時間以内になくなっていました。
ホールに直接スプーンで挑むあのわくわく感は一度味わうといつまでも忘れられません。

変な落ちになりますが...
どちらかというと「レアチーズ」のほうが好きです。
m(_ _)m

2007年11月18日

ハーゲンダッツ / 日

私は超がつく下戸で、超がつく甘党です。 m(_ _)m

といいましても、甘ければ何でもOKというわけではなく、例えばバタークリームのケーキは大嫌いですし、甘納豆をわざわざ買って食べようとは思いません。

アメリカの一般的なケーキはバタークリームで、カフェでおいしそうに食べているおばあちゃんのケーキも十中八九はバタークリームです。
そんなわけで、カフェやレストランでケーキを注文したことはありません。

在米中に一番食べたスイーツは「ハーゲンダッツ」です。
スーパーで毎日パイント(473ml)をひとつ買いました。
冬の寒い日も、風邪をひいていても、これだけは欠かすことはありませんでした。
どちらかというと「フローズンヨーグルト」シリーズを好んで食べました。
気休めばかりの低カロリーと、普通のシリーズより安かったからです。
味もストロベリーやピーチなどなど多種で充実していました。

当時、フローズンヨーグルトのパイントは1.99ドルで買えました。

スーパーからアパートまでの50メートルくらいを歩いてくると夏場にはほどよいかたさになって、スプーンの入り具合が大変気分よかったことを覚えています。

買ってきたハーゲンダッツは我が家の冷蔵庫に入るまもなく私の胃袋に収まりました。

あれだけ毎日食べてもそれほど太らなかったのは年齢の問題もあると思いますが、とにかくよく歩きましたからそれが良かったんだと思います。

今なら1ヶ月で10Kgくらい増えそうです。

2007年11月12日

英語キャラな自分 その5

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

海外生活を終えて帰国し、早13年。
日本社会でサラリーマンの端くれとして生活してきました。

さすがに、海外で生活していた頃の自分とは価値観が大きく違った私が今ここにいて、
「もうあの頃のようなキャラは意識しても着れないなあ...」
と感じたことから「英語キャラな自分」として自己分析をしてみようと思ったわけです。

今考えると激しい無知を掲げて無謀の連続、ポジティヴに表現すると行動力抜群!
常に全力でそれなりに充実した時間だったと思いますし、あのテンションでなければ堕落の生活しかなかったんだと思います。

なので、英語が身につくにつれて英語キャラの自分ができてくると書いたことは「私の場合」に訂正させていただきます。
同じ私であっても、初めての海外生活がオーストラリアのときのようにサラリーマンとして海外赴任する状況であれば結果は違ったものであったと思います。

ところで、海外で5年弱過ごしたことに対して後悔はないか?
と自分に問うと...
次回のエントリーでそのことを書こうと思います。

2007年11月11日

英語キャラな自分 その4

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

「当たって砕けろ!」

若者の専売特許です。
ある程度大人になると「砕けない方法」を考えて、計画的に物事に取り組まねばなりません。

渡米前の私はどちらかというと楽観的で「ミュージシャンになりたい」という夢以外のことはどうでもいいこととして、とにかく考えることや努力を一切しませんでした。
すべてが成り行きまかせで、大人から見たら「無気力」だったかもしれません。
そういえば私たちの世代は世間から「新人類」と言われていました。

そんな私が「当たって砕けろ!」を実践しはじめたのは、渡米してからのことでした。
意識してそうしたわけではありません。

日本にいた頃は親や友人たちが力になってくれたり、意見してくれたり...
同級生がするように自分もしておけば流れに乗れたり...
ある意味周りがどうにかしてくれるところがあったので、「当たって砕けろ!」的な行動を起こす必要がなかったんだと思います。

ところがアメリカでは親も友人たちも遠く離れてしまい、家庭用ファックスさえもほとんど普及していなかった時代ゆえ、限りなく一人になり...東京時代より一歩進んだ一人暮らしがそこから始まりました。

一人でいると電話は全く鳴りませんし、誘ってくれる友人もいません。
自分から行動を起こさないと何も始まらない環境だったので、「ハッタリ上等!」「当たって砕けろ!」にならざるを得ませんでした。

アメリカはそんな若者に寛大でほとんど砕けることはありませんでした。
出会う人みんなが、その場でその人たちに出来る最高の仕事で私を導いてくれました。

一度当たって通ると「あれ?そういうものなの?」と若者独特の勝手な思考が芽生え、それが2度、3度と続くと完全に自分を誤解します。
...ていうか、していました。

そうやってキャラを着ていったんだと思います。

2007年11月10日

英語キャラな自分 その3 (翻訳の能力)

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

「アメリカキャラを着る」には「英語で考え英語で会話する」ことが前提ですが、「英語が使える」ということと「翻訳をする」ことは別の能力が必要になります。

「英語で考え英語で会話する」環境で生活して習得する英語は、他人(テレビや映画を含む)が使っている言葉遣いで目立つものをニュアンスで理解していくため、単語として覚えるより文として覚えることの方が多くなり、その文の深い意味を考えず「こういう場面でこう言う」といった感覚で "身につけていく" のです。

そうして身につけた英語は、日本で上手くフィットする場面がないことが多々あり、辞書で調べて和訳してみても自分のニュアンスに合わないことが多いです。

さて、翻訳に話を戻します。

例えばA4の英文書をざっと読みます。
英語で理解しています。
では、それを日本語に翻訳しなさいと言われるとボロボロに壊れてしまいます。
うまい日本語が見つからないので、A4文書1枚を翻訳するのにパソコンに向かって1時間かかったりしてしまいます。

日常会話に困らない英会話の能力があっても、翻訳の能力はそれとは別の次元で存在しているのです。

...と言い切ってしまっては語弊がありますかね?
私にとってはそれがキャラを着ている違和感のひとつなのですが...

2007年11月 8日

英語キャラな自分 その2

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

アメリカキャラな私は他人を褒めることに一切の抵抗や、恥ずかしさを感じませんでした。

例えば、日本で素敵なジュエリーを身につけていたり、とてもその人に似合う帽子をかぶっていたりする人を見かけても、「お似合いですね」と声をかけることはありません。
心ではそう思っているのですが、恥ずかしくて言えません。
また、私が「お似合いですね」と声をかけることで、相手の方が恥ずかしくなってしまったりして、かえって迷惑をかけるのではないかという思いもあります。

でもアメリカでは一日一善じゃないですけど、出かけると一度は誰かの何かを褒めました。(冬の屋外は無理でした)
何も恥ずかしくなかったですし、相手も "Thank you." とニッコリ返してくれるだけで、「ゲェ!ナンパしてきた」といった空気は一切ありませんし。

物事には何でも最初がありますが、初めてそうやって他人に声をかけたのがいつで、どんな場面だったか...まったく覚えておりません。
言葉がまったくダメだった頃は当然していませんでしたし、多分アメリカキャラを着だした頃だと思います。

男性には意図的に言いませんでした。
誤解されて困ったことになってはいけませんので。(笑)
でも自分もそれが欲しいと思うような靴