グランド・セントラル・ステーション まとめ編
数回にわけて書いた記事ですが、ここでまとめておきます。
一部修正しております。
マンハッタンに住んでいる人にとってはあまり馴染みのないグランドセントラル駅ですが、色んな映画に出てきますので、観光客を含め駅そのものを見に行く人も多いことと思います。

私もその一人でした。
私の場合は「グランドセントラル=恋におちて」です。
アメリカではメリルストリープは性格俳優扱いで、美人とはいえないけど...といった感じなのですが、私は「恋におちて」のメリルストリープは美しい!と思います。
冷静にDVDのジャケットなどを見てみるとそうでもないかな...と思っちゃったりしますが、映画本編を見るとやっぱり美人なんですよねぇ。
これを "はまり役" というんでしょうね。
さて、きれいといえば...グランドセントラルのホールはきれいです。

天井には星座イメージが描かれ...
この時計、好きでした。

ところで、この時計...
すでに見えている2面で時刻が違っちゃいませんか?
ということは、グランドセントラル駅の時計は全部ばらばらなの?と思いますよね。
駅で時刻はとても大切なもの...それの信用性が問われるようではどうなのよ?ってことで、調べてみました。
私の余計な心配をよそに2004年8月から、グランドセントラル駅のすべての時計がいわゆる電波時計になっているそうです。
私が滞在していた頃を含めそれ以前は、毎日午前3時にマスター時計がコロラド州の原子時計から短波で正確な時刻を受信し、駅構内20以上の時計を正確な時刻にセットしていたそうです。
一応配慮がなされていたのですね。
でも、マスター時計と端末時計の接続装置の故障や個々の時計モーターの老朽化などにより、表示時刻のずれが生じていたこと、そして時刻表、ビデオ表示時計などマスター時計に依存しない別システムで稼動する時計もあったことから時計の表示時刻は統一されていなかったそうです。
ん~っ... アメリカらしいというか、時代を感じますね。
これを改善するため、毎秒、衛星経由で、コロラドの原子時計から誤差10億分の1秒の正確さで正しい時刻を受信する新マスター時計を2004年8月に導入し、そして!(ここが重要ですよね)駅構内すべての時計をこのマスター時計に統制させました。
さらに接続装置も電子的に改善されて駅構内すべての時計が正確な時刻を表示するようになったそうです。
それにより、グランドセントラル駅誕生91年目にして、初めてすべての時計の時刻が統一されたそうです。
ところで、日本の駅はどうなっているんでしょうね。
話かわって...
初めてグランドセントラルに行ったとき、目を疑うものがありました。
「オイスターバー」です。
正式な名称は "Grand Central Oyster Bar & Restaurant" です。
そうです。海鮮レストランです。
グランドセントラルのホールはきれいですが、お世辞にも空気が澄んでいるとは言いがたく...むしろ冬に訪れるとウイルスの巣じゃないか?と疑いたくなるような目に見えない匂いがあります。
なぜ、そんなところで海鮮レストランなのか...
しかもお腹をこわしたときの最有力容疑者である牡蠣を冠にしたのか...
謎は深まるばかりです。
後日このレストランに行き、牡蠣以外の海鮮料理を食べました。
味は普通で、値段は安いかも?と思った記憶があります。
電車に乗り遅れた人や、出発までの時間潰し、待ち合わせ...そんな人たちに利用されるのでしょう、きっと。
結構広いスペースは時代を感じさせる装飾が施され、私的には「ゴッドファーザーかよ!」とツッコミを入れたくなる雰囲気です。
そして、なんとなんと...
2004年3月3日ニューヨーク本店に続く第2号店として、アトレ品川にオープンしたそうで、ニューヨークの本店同様のインテリアを再現...
ということは、ゴッドファーザーな店内になってるってことですよね!?
もしかして首都圏では常識だったでしょうか...

また、話かわりまして...
34丁目あたりからアップタウン方面へタクシーを利用するとき、ドライバーがパークアヴェニューを使うと内心喜んでおりました。
グランドセントラル駅のところでちょっとしたアドベンチャーが待っているからです。
実はグランドセントラルの駅舎はパークアヴェニューの真上に建てられていて、パークアヴェニューを北上していくと42丁目で駅舎によって行き止まり状態となっています。
また、メットライフビル(旧パンナムビル)もグランドセントラルにくっついているのか、並んで建っているのか...よくわかんないですけど、まあ大きな目で見れば一緒になっていて、アップタウンからパーアヴェニューを南下してくると、このメットライフビルにぶち当たります。
じゃあ本当にぶち当たるのかといいますと、「アドベンチャーが待っている」と書きましたようにサプライズが待っています。
一番上の駅舎外観写真をご覧いただきますと、緑色の橋がかかっていますよね。
パークアヴェニューを北上してきた自動車はこの緑色の橋を上り、右折、駅舎のテラスっぽいところを通り左折、建物に設けられたトンネルを抜けます。
トンネルを抜けてきたところがこうなっています。

つまり、アップタウンからパークアヴェニューを南下してきた場合は、ここからワンダーランドが始まり、緑の橋で終わります。
メットライフビル(旧パンナムビル)の写真がやたらインパクトがあって、ニューヨークの代表的風景としてやたら目にするのは、特徴的な八角形のプロポーションに加え、通りをさえぎる立地条件もあったわけです。
ずらっと通りに沿って並んでいるビルのひとつだったら、さほど目を引くものではなかったかもしれませんね。
それでは、ここからはアメリカのウエブサイト "About.com" のグランドセントラルのページを和訳させていただき、歴史的なことなど勉強してみようと思います。
ニューヨークの歴史的ランドマーク:グランドセントラルターミナル
グランドセントラルターミナル(ニューヨーカーにさえグランドセントラルステーションと言われたりしますが、それは地下鉄の駅の名称です)は、ニューヨーク市の最も有名なランドマークのひとつです。週末に友人たちを伴ってコネティカットへ行ったり、たくさんのニューヨーカーが一度は利用したことがあるでしょう。
ですが、グランドセントラルの歴史や秘密はあまり知られていません。
はじまり
最初のグランドセントラルターミナルは1871年に海運王、鉄道王の "コーネリアス・ヴァンダービルト" によって建てられました。ところが1902年に17人死亡、38人負傷の大事故がきっかけで蒸気機関車が禁止され、数ヶ月後に、既存の駅を破壊して、電車のために新しいターミナルを造ことが計画されました。
新しいグランドセントラルターミナルは正式には1913年2月2日に完成、当日150,000人の人々が訪れました。
美術的美しさの駅舎は、大きな大理石の階段、23メートル弱もある窓、星座をあしらった天井などですぐに評判になりました。
全盛期
ホテル、オフィスビルなどの超高層ビル(77階建てのクライスラービルも含まれます)がすぐに駅舎のまわりに建ち並びました。それによってグランドセントラルターミナルは全米で最も利用客の多い駅となり、1947年には年間のべ6,500万人以上が利用しました。(これは当時の人口の40%にあたります)
苦難のとき
1950年代には長距離列車の旅の時代は終わりを迎えました。
戦後のアメリカでは飛行機や自動車を利用するケースが増えたのです。
同時にマンハッタンの不動産価値は高騰し、鉄道業による利益が減退したことから、鉄道局はグランドセントラルターミナルをオフィスビルに建てかえる計画を起こしました。
ところが1967年にランドマーク保存委員会が介入し、その計画を一時的に取りやめるよう法律的保護を訴えました。
グランドセントラルターミナルのオーナーであるペンセントラル社も鉄道局の計画には反対で、駅舎の上に55階建ての高層ビルを建設する(駅舎の一部を壊すことになるが...)ことを和解案として提案しました。
結局ランドマーク保存委員会はプロジェクトを阻止すべく、ペンセントラル社にニューヨーク市に対する800万ドルの訴訟を起こさせました。
この法廷闘争は、ほぼ10年の間続きました。
ジャクリーン・ケネディ・オナシスを含む保存賛成派市民とリーダーのおかげで、再開発計画はなくなりました。(訴訟が最高裁判所までいったあとのことですが)
新しいはじまり
1994年に、メトロノース社がグランドセントラル駅の運営を引き継ぎ、大がかりな改装を開始しました。
そして1913年当時の輝かしさを取り戻しつつ、グランドセントラルターミナルは愛されるランドマーク、通勤者たちのハブ駅となり、5軒のレストラン、カクテルラウンジ、ダイニングコンコース、その他50ものテナントショップを擁する施設になりました。
グランドセントラルは近代都市の真ん中で、古き佳き時代のニューヨークを維持しています。
もっと知りたいあなたに
グランドセントラルターミナルの建築、歴史に興味がありましたら、公共のアート団体による無料ウオーキングツアーがあります。
ツアーは毎週水曜日12:30pmにメインインフォーメーション前集合です。
ということです。
コーネリアス・ヴァンダービルトと1902年の鉄道事故についてはこちらに詳しい記事をアップロードしていますので、よろしかったらどうぞ♪



