嘘に寛容な日本
まあ、よくも次々と出てくるものですねぇ...偽装問題。
その上今度は大分県教育委員会の件...。
ついに人間まで偽装しちゃいましたか。
街頭インタビューなど、民間人に意見を求める場面でよく聞かれるのが「何を信じていいのかわからない」ということば。
ここに私たち日本人が根本的に考え直すべき問題があり、考え直す時期にきているように思います。
その「何を信じていいのかわからない」という言葉の裏に被害者意識の強さを感じます。
何かに頼った、受身的な感じがすごくします。
恐らく海外で暮らした経験のある方の多くが私と同じ意見をお持ちなんじゃないかな?と勝手に思いますが、何かを信じられるというのはとても幸せなことです。
私たち日本人はこれまで守られた自由の中で生活してきました。
しかし、残念ながら今の日本の社会はそこまで幸せではないということを消費者、民間人が自分の問題として自覚し、「ことが何であれ鵜呑みに信じてはいけない」という基本姿勢に切り替えないといけない時期にきたのではないでしょうか?
「信じるものは自分が決める」が、多くの他国での常識のように思います。
それが本当の自由だと、私は個人的に思います。
そして企業は「自分たちは選ばれている」というプライドと責任感を持たなくてはいけません。
...何か生意気な発言になってしまった。すみません。m(_ _)m
少なくとも、私はそのプライドと責任感を持ち続けようと思います。
で、大分の件ですが...個人的にこれがどのように終結していくのか大注目しています。
今朝のテレビで、課長の肩書きを持った人がインタビューで「今自分たちが把握している状況では何も罰せられない」と発言していました。
そもそも課長がそんな重要なことに答えちゃっていいの?と思いましたが...
不正を把握できなかった組織作りに問題があるのに、そこを棚上げするどころか、それを理由に悪を罰せられないとは何ごと?
彼らは民間人ではなく、公務員で、しかも教育に携わる身です。
「嘘はいけません」などの基本的な社会正義を子供たちに教える立場にある人間の言葉とはとても思えません。
不正合格者は取り消し、操作され不合格にされた受験者は合格、それが「当たり前」なわけですから、どれだけの努力をしても白黒はっきりさせることが「普通」ではないでしょうか。
私の前職の社長がこう言いました。
「人間には魔が差すということがある。どれだけまじめな人間でも不正をしないとは断言出来ない。だから会社は社員に魔が差しそうな空間を排除しなければならない。人間に罪を犯させないことも会社の責任である。」
この言葉、私は一生忘れません。


