アパートの老人 まとめ編
数回にわけて書いた記事ですが、ここでまとめておきます。
一部修正しております。
私がその老人に会ったのは、アパート入居後間もない頃でした。
私から1~2週間くらい遅れての入居でした。
ただ、老人は隣のブロックの同じ家主の物件から引越しというよりは、移動してきたのでした。
老人にはじめて話しかけられたときのことは今でもよく憶えています。
「どこから来たんだ?」
「日本です。」
その後彼は自分のことをあれこれ話しはじめたのですが、老人特有の~自分の話は長々とするが他人の話はあまり聞いていない~印象で、20歳そこそこの私には耐え難いものでした。
恐らく5分くらいのものだったと思いますが、ひどく長く感じ、イライラしました。
そもそもほとんど英語ができなかったころの話ですし、「第2次世界大戦にアメリカ兵として出兵した」と言ったので、敵国であった日本のことはあまり良い印象ではないだろうと思い、一刻も早くその場から立ち去りたかったです。
彼は身長170cmくらいの痩せ型で、白髪。
いつも洒落た帽子をかぶり、だらしない格好や、半ズボンでいるところは見たことがありませんでした。
そして「自分はプエルトリコ人だ」と言いましたが、実際の話なのか、哲学的な話なのかはわかりません。
いつも一人でいましたので、結婚していたのか、子供はいるのか...など何度か訊いたことがあるのですが、答えてくれませんでした。
私が質問をしても、私の英語が未熟だったのか... 質問に答えてくれたことは一度もありませんでした。
彼は年金生活で、一日の大半をアパートの前で通り行く近所の人たちと話をして過ごしたので、ブロックでは皆が知る存在でした。
気分のいい日は通行人を呼びとめ、歌を歌って聞かせました。
相手の目を見て真剣に訴えかけるようにして歌いました。
時には人を自分の部屋に招き入れ、レコードをカラオケにして聞かせました。
まだ音楽がビジネスとして大きくなる以前の、古い年代の音楽だと思います。
他人が歌を聞かされているところを目撃すると私は楽しくて仕方ありませんでした。
すれ違いざまに "犠牲者" を見ると、皆一様に「何とかしてくれよ」「まいったよ」という目で訴えかけてきましたので、私はニッコリと笑ってやりました。
「我慢しろよ!」という思いを込めて。
私なんて何度そのめに遭っていることやら...
ポストに入りきらない郵便物が届くと、老人が預かってくれていました。
そんなときは帰宅した私に、右手の人差し指をクイクイとして知らせてくれました。
私は荷物を受け取ると、彼が口を開く隙を与えず例を言って立ち去りました。
多少でも話をしようものなら、歌地獄に突き落とされることがわかっていたからです。
数回は立ち去ろうとしたときに呼び止められ、地獄を見ました。
彼のことを煙たく思っていたのは私だけではなかったようですが、彼と同年代の老人たちは本当に楽しそうにしていました。
アメリカ人には年齢をいった人でも普通に(気軽に)話ができる人が多かったのですが、その光景を見るとジェネレーションギャップを感じずにはいられず、実は老人たちが若いものに話をあわせてくれてたんだなぁと思いました。
彼の暮らしぶりは質素でした。
朝は早く、夜は8時には就寝。小鳥を飼い、テレビは持たず。
夕食はスープが多く、ラジオを聴きながら食べていました。
雨の日はアパートの中で大音量でレコードをかけ、それに合わせて歌いました。
足を肩幅に開き、手を後ろで組んで、真剣に歌いました。
アパートの玄関のすぐ脇の部屋だった彼は、いつも自分の部屋のドアを開けっ放し、ホールに生活臭と加齢臭を撒き散らしました。
アパートの住民みんなが迷惑していましたが、誰も彼に文句を言いませんでした。
どうやら人の話を聞かない姿勢は徹底していたようです。
私が帰国する日、アパートの前でタクシーを拾い、階下の女性が見送ってくれましたが、その場にいつもいるはずの老人はいませんでした。
その前日には会ったと思いますが、どうせ明日お別れを言えると思い、結局言えないままになってしまいました。
8年後...
私は再びニューヨークの地を踏みました。
やっと友人たちに会いにいける時間ができたからです。
階下の女性とは手紙を半年に1本くらいやり取りしていたので、旦那と出会って3日で結婚したことも、娘が生まれたことも、郊外に家を買って引っ越したことも、旦那は家のローンを返すために仕事を二つ掛け持ち平日はニューヨーク、週末は家という生活をしていることも知っていました。
初日は時差ぼけ調整で捨てて、二日目は音楽関係の友人たちに会い、三日目に階下の女性に会いに郊外の家を訪ねました。
「アパートを見てきたよ。何も変わってないね。」
「老人はいなかったでしょ。」
「うん。いなかった。元気なの?」
「死んだわ。あなたが帰国してすぐ。」
「そうなんだ...」
「彼、一人だったでしょ。部屋で死んでいたんだけど、発見されるまでに随分かかったのよ。」
「...。」
「ほら。あのアパートのホールは臭かったでしょ。誰も死臭に気づかなかったのよ。」
「笑えない話だね。」
「大家さんがしばらく彼の姿を見ていないからって、合鍵で部屋を開けたら亡くなってたの。」
「で、どうしたの?」
「市の衛生局が死体を引き取りに来たわ。」
「家族は?」
「彼は本当に天涯孤独だったのよ。」
「結婚したこともなかったの?」
「なかったそうよ。」
私はホテルへ帰るバスの中で、彼の孤独を思いいたたまれなくなりました。
偉くはなかったけど、正しく生きた人でした。
ただ、パートナーにめぐり合えなかったのか、結ばれない恋を選んでしまったのか...そこのボタンがうまくかけられなかっただけなのに、誰にも看取られず一人で死んでいきました。
どうして彼はニューヨークでの一人暮らしを選んだのでしょうか。
郊外に越した階下の女性がこう言っていました。
「ニューヨークから離れると自分が世間から切り離された気がするわ。」



コメント
こんにちは!!
あちゃ~。コメントが表示されるまでに時間がかかるのですね(汗)
きっとたくさんのコメントの攻撃があったことと思います^^;
NYのアパートのこのおじいさん。。
ものすごく悲しい最期です★
でも、ほんとになぜNYを選んだのでしょうか・・・。
人の繋がりはうすい土地のように感じられるのに。
お仕事柄、NYに繋がりがあったのかも知れませんね。
Katzさんはランキングに参加されているのでしょうか?
リンクバナーを見かけないのですが・・・。
一通り読んでいただいたとのこと、恐縮です・・・(汗)
ヒトサマのブログへのコメントも馬鹿なことはかけないなぁ、
と再認識させられました(笑)
でもわざわざコメントしていただけて嬉しかったです。
あまり留学のトコロから来てくださる方がいないので。
もうちょっと留学のことも書いていこうと思います!
かおりさんのブログはかなり気配が変わってきてしまいましたね。
今日更新されていましたが、少し進展したようです。
多少コメするのに勇気が要りましたが、
いまさら態度を変えるのは理系道に反するので^^、
コメしたところです。
また遊びにきます!
Posted by ゆぶ at 2008年1月21日 13:25
ゆぶさん、こんにちは!
この老人に「さようなら」さえ言えていれば…
なんか人生に悔いを残しちゃったっていうか、思い出すとダークな気持ちス。
前日に「一応…」と言っておければよかったス。
大きな後悔ス。
気分を変えていきましょう!!
プッ、プッ、プッ… v( ̄∇ ̄)
実は私はムチャクチャ恥ずかしいくらいランキング参加していますよ♪
100くらい。マジで。(笑)
リンク集に格納(?)してあります。
気にしていただいて、ありがとうございました!
いいんです。
ポチっとしていただかなくても、私のくだらない話にお付き合いいただける人がいるってだけでありがたいことです。
m(_ _)m
私のブログも「留学」での訪問者はほとんどいらっしゃらないスね。
学校ガイド的なことをやらないと興味持っていただけないのですかね?
ところで、私も理系スよ。
正確にはバンド活動に没頭しすぎて、学校に行くのずっと忘れてて、気がついたら中退でしたけど。(笑)
なので、理系道に反することができず、かおりさんとこにコメントしときました♪
じゃ、また☆
Posted by katz at 2008年1月21日 15:19
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