アメリカの人種差別 まとめ編
数回にわけて書いた記事ですが、ここでまとめておきます。
一部修正しております。
人間の根本的な部分には「仲間意識」というものがあり、他方で「戦う」、「争う」という概念もDNAに深く刻まれてしまっていて、つまり表裏一体で本能的にそれらを持ち合わせています。
ただ、我々人間は本能を理性で押さえ込んで社会生活を営んでいます。
だから人種差別を無くそうと言いながら、いつまでも無くならないのではないでしょうか?
「ニューヨークには人種差別はない」
私のクラスの先生が言った言葉です。
理由は...
「いろんな国籍の人たちが狭い地域の中で共存しているから」
そのとき私は鼻で笑ってしまいました。
確かにアメリカの中では人種差別的な問題が大きくなることは少ないかもしれません。
でも「ない」ということはないです。
しかし、その後ロスアンゼルスで暴動が起き、先生が言っていたことはまんざらでもないと思いました。
あれは1992年4月でした。
テレビをつけた私は凍りつきました。
テレビの中とはいえ、かつて見たことのない状況がそこにありました。
(主に)黒人が町を破壊し、お店からテレビなどを堂々と持ち出す場面が延々と放送されました。
印象的だったのは、大型テレビなどの高額品を抱きかかえて店から走り出す者が多い中、誰よりも険しい表情の黒人男性がカメラに捉えられました。
この男性、眉間に深くしわを寄せ、臨戦態勢なのですが、左腕で抱えているのは「観葉植物」。
大人の腰丈くらいのグリーンでした。
どうして観葉植物だったのか...
よっぽど前から欲しかったのか、たまたまそこにあったから持ってきてしまったのか、自分が何を持っているのかわからないほど興奮していたのかはわかりませんが、「いつでもやってやる」オーラを発しながら歩道を行く彼の姿は私の心に深く刻まれ、今後も忘れることはないでしょう。
いわゆるロス暴動という事件です。
これはロスアンゼルスにおける人種差別問題の積み重ねに黒人たちが爆発したとされています。
着火の直接的なきっかけとなったのは「ロドニー・キング事件」でした。
白人警官数名が罪のない黒人男性をリンチする様子がニュースで報道され、これも私にとっては大変衝撃的でしたが、裁判沙汰になるも白人警官は無実となり、この結果に黒人たちが爆発したのです。
白人警察官による黒人リンチは実は頻繁行われていたらしく、また「ロドニー・キング事件」の少し前に、コリアンタウンで黒人少女が韓国系住民にライフルで射殺される事件も起きていました。
一連のテレビ報道をある程度の緊張感を持ちながらも所詮は他人事として観ていたら、こういうコメントをした者がいました。
「どれだけ穏やかな都市でも大停電が起これば、街は荒らされ、こういう状況になり得る。」
私は事の重大さに気付かされました。
もしニューヨークで大規模な停電が起こったら...
そのとき自分は正義を貫けるだろうか...
また、正義を貫くことが正しい選択になるのだろうか...
正しいことをして命を落としたらどうなるんだろうか...
今にして思えば、このときに「いつまでもダラダラとアメリカにいてはいけない。どこかで線を引いて帰らなきゃ...」という気になったようです。
そして、この事件もまたロスアンゼルスでしたが...
O.J.シンプソン事件が1994年に起こりました。
元アメリカンフットボールのスタープレイヤーだったOJ。(私は俳優とかスポーツレポーターとして彼をテレビで頻繁に見ておりました。)
OJの奥さんは白人で、自宅敷地内にて何者かによって殺害されました。
OJは無罪を主張するも容疑者として逮捕。
裁判で陪審員の下した評決は有罪。
黒人にとってはヒーローだったOJ。
陪審員のほとんどが白人だったことが黒人社会を怒らせ、これは人種差別問題だとして暴徒化。
まだまだこのOJシンプソン事件は続くので、興味のある方は調べてみてください。
確かに私の日常の中のニューヨークではこのようなことはありませんでしたが、小さな偏見や人種差別は多々ありました。
同じアパートの住民と人種差別について話していたときのことでした。
「人種差別を話題にするときいつも黒人が差別される側として言われるわけだけど、この間黒人の友達と話していたときこんなことを言っていたわ。」
「何て?」
「白人、黒人、その他」
「どういう意味?」
「黒人の地位は二番目だから叩かれる...」
「どういう意味?」
「つまり黒人の中には黄色、赤色は自分たちより立場が下だという見方があるのよ。」
これは大変ショックなことでした。
言われてみれば、私自身が街を歩いているときに黒人から
「おい。そこの中国人! xxxxxxxxxx」
「xxxxxxxxxxxxx中国人のくせに」
と、罵声を浴びせられた経験がちょくちょくありましたが、明らかに人を見下した物腰でした。
私が渡米後すぐに角刈りにしたことは別のエントリーで書きましたが、その髪型だった頃に集中してそういう目に遭いました。
その後私は江口洋介さんより一足早くサラサラロン毛にしましたが(笑)、身長が高いこともあり、その風貌はネイティヴアメリカン(インディアン)と間違えられることが多くなり、中国人扱いされることもなくなりました。
しかし、私に罵声を浴びせた黒人たちも別の形で知り合っていたら...
例えば同じアパートに住んでいて、会うたびに声を掛け合って握手する関係だったら、絶対にそんな物腰ではなかったはずです。
やはり人種差別は仲間意識と表裏一体なのでしょうね。
人と仲良くしようという気持ちがある限り、皮肉にも人種差別はなくならないのかもしれません。
美輪明宏さんが言う「腹六分のお付き合い」が国際社会にも適当ということなのでしょうか。



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