英語キャラな自分 まとめ編
数回にわけて書いた記事ですが、ここでまとめておきます。
意味不明な内容が多かったのでかなり修正しております。
英語力が伸びるにしたがって、英語で聞いて英語で答えるようになります。
日本で暮らしている日本人でも、外国人に「ハロー!」と言われれば即座に「ハロー!」と返す。
これが普通ではないでしょうか?
そんな感じで徐々に日常の会話が成立するようになっていきます。
海外生活で習得する英語は、単語を覚えるというよりフレーズで覚えていく感覚で、そのフレーズを「こういう場面で使う」と "身につけていく" のです。
会話の中で「A」と言われたことに対して「B」と答え、たまたまそれがウケルと次回も「A」と言われると「B」と返すようになります。
また、映画やドラマを見ていて気に入ったフレーズは蓄えていきます。
それと平行して私のような根がバーテンな男(笑)の場合、アメリカで暮らせばアメリカキャラ、オーストラリアで暮らせばオーストラリアキャラになり、言葉と一緒にその環境の中でスムーズにやっていくためのキャラを着るようになりました。
映画館に行くと、それが義務であるかのようにコーラ飲んでポップコーン食って「Yeah!」です。
日本ではカチンときていたような店員さんの不手際も、アメリカキャラの自分は寛大に受け止めたりします。
そうやって徐々に自分の新たなキャラが立つようになり、気がつくと「あれ?ちょっと日本語の自分とキャラが違うんじゃないの?」と思う場面がある...って、私だけでしょうか?
そもそも日本語のキャラは、英語のキャラクターから派生したと思いますが、ここで私がキャラと言いますのは attitude のほうが近いように思います。
アメリカにはアメリカの、オーストラリアにはオーストラリアの好まれる attitude があり、自分なりのアンテナで感じたキャラを着ました。
周りに馴染みたい、溶け込んでいきたいという気持ちが強かったと、言い訳しときます。(笑)
では、アメリカキャラな自分に出来て、他のキャラでは出来ないことの例を書きます。
アメリカキャラな私は他人を褒めることに一切の抵抗や、恥ずかしさを感じませんでした。
例えば、日本で素敵なジュエリーを身につけていたり、とてもその人に似合う帽子をかぶっていたりする人を見かけても、「お似合いですね」と声をかけることはありません。
心ではそう思っているのですが、恥ずかしくて言えません。
また、私が「お似合いですね」と声をかけることで、相手の方が恥ずかしくなってしまったりして、かえって迷惑をかけるのではないかという思いもあります。
でもアメリカでは一日一善じゃないですけど、出かけると一度は誰かの何かを褒めました。
何も恥ずかしくなかったですし、相手も "Thank you." とニッコリ返してくれるだけで、「ゲェ!ナンパしてきた」といった空気は一切ありませんので、そこがポイントだったかもしれません。
私自身もストレートのロン毛だったころは、女性によく髪の毛を褒めてもらいました。
もちろん "Thank you." と答えるだけで、それをきっかけにナンパしたことはありませんよ。
オーストラリアにはそういう空気はありませんでしたので、出来なかったです。
それから、何といっても「当たって砕けろ!」ですね。
若者の専売特許です。
ある程度大人になると「砕けない方法」を考えて、計画的に物事に取り組まねばなりません。
渡米前の私はどちらかというと楽観的で「ミュージシャンになりたい」という夢以外のことはどうでもいいこととして、とにかく考えることや努力を一切しませんでした。
すべてが成り行きまかせで、大人から見たら「無気力」だったかもしれません。
そういえば私たちの世代は世間から「新人類」と言われていました。
そんな私が「当たって砕けろ!」を実践しはじめたのは、渡米してからのことでした。
帰国してからも実践しているわけではありませんので、やはりこれもキャラのひとつだったんだと思います。
日本にいた頃は親や友人たちが力になってくれたり、意見してくれたり...
同級生がするように自分もしておけば流れに乗れたり...
ある意味周りがどうにかしてくれるところがあったので、「当たって砕けろ!」的な行動を起こす必要はなかったんだと思います。
ところがアメリカでは親も友人たちも遠く離れてしまい、家庭用ファックスさえほとんど普及していなかった時代ゆえ、限りなく一人になり...東京時代より一歩進んだ一人暮らしがそこから始まりました。
一人でいると電話は全く鳴りませんし、誘ってくれる友人もいません。
自分から行動を起こさないと何も始まらない環境だったので、「ハッタリ上等!」「当たって砕けろ!」にならざるを得ませんでした。
アメリカはそんな若者に寛大で大勢の人たちにたくさん助けてもらいました。
出会う人みんなが、その場でその人たちに出来る最高の仕事で私を導いてくれました。
アメリカ人の正義感や、自由を愛する気持ちはこういう体験をするとよくわかるようになります。
ただ、そういう精神の上に成り立っていない私は「あれ?そういうものなの?」と勝手な思考が芽生え、2度、3度と助けられると完全に自分を誤解します。
...ていうか、していました。
今考えると激しい無知を掲げて無謀の連続、ポジティヴに表現すると行動力抜群!
常に全力でそれなりに充実した時間だったと思いますし、あのテンションでなければ堕落の生活しかなかったんだと思います。
3年しかいなかったのでそれですんでいたのでしょう。
もっと長くいたら、きっとキツイおしおきを受けていたと思います。
海外生活を終えて帰国し、早13年。
日本社会でサラリーマンの端くれとして生活してきました。
さすがに、海外で生活していた頃の自分とは価値観が大きく違った私が今ここにいて、
「もうあの頃のようなキャラは意識しても着れないなあ...」
と感じたことから「英語キャラな自分」として自己分析をしてみようと思ったわけです。
同じ私であっても、初めての海外生活がオーストラリアのときのようにサラリーマンとして海外赴任する状況であれば結果は違ったものであったと思います。


