2007年12月 9日

グランド・セントラル・ステーション その5

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

連続で書いてきましたグランドセントラルですが、今回でとりあえずおしまいです。

今回はアメリカのウエブサイト "About.com" のグランドセントラルのページを和訳させていただき、歴史的なことなど勉強してみようと思います。

ニューヨークの歴史的ランドマーク:グランドセントラルターミナル
グランドセントラルターミナル(ニューヨーカーにさえグランドセントラルステーションと言われたりしますが、それは地下鉄の駅の名称です)は、ニューヨーク市の最も有名なランドマークのひとつです。週末に友人たちを伴ってコネティカットへ行ったり、たくさんのニューヨーカーが一度は利用したことがあるでしょう。
ですが、グランドセントラルの歴史や秘密はあまり知られていません。

はじまり
最初のグランドセントラルターミナルは1871年に海運王、鉄道王の "Cornelius Vanderbilt" によって建てられました。ところが1902年に17人死亡、38人負傷の大事故がきっかけで蒸気機関車が禁止され、数ヶ月後に、既存の駅を破壊して、電車のために新しいターミナルを造ことが計画されました。
新しいグランドセントラルターミナルは正式には1913年2月2日に完成、当日150,000人の人々が訪れました。
美術的美しさの駅舎は、大きな大理石の階段、23メートル弱もある窓、星座をあしらった天井などですぐに評判になりました。

全盛期
ホテル、オフィスビルなどの超高層ビル(77階建てのクライスラービルも含まれます)がすぐに駅舎のまわりに建ち並びました。それによってグランドセントラルターミナルは全米で最も利用客の多い駅となり、1947年にはのべ6,500万人以上が利用しました。(これは当時の人口の40%にあたります)

苦難のとき
1950年代には長距離列車の旅の時代は終わりを迎えました。
戦後のアメリカでは飛行機や自動車を利用するケースが増えたのです。
同時にマンハッタンの不動産価値は高騰し、鉄道業による利益が減退したことから、鉄道局はグランドセントラルターミナルをオフィスビルに建てかえる計画を起こしました。
ところが1967年にランドマーク保存委員会が介入し、その計画を一時的に取りやめるよう法律的保護を訴えました。
グランドセントラルターミナルのオーナーであるペンセントラル社も鉄道局の計画には反対で、駅舎の上に55階建ての高層ビルを建設する(駅舎の一部を壊すことになるが...)ことを和解案として提案しました。
結局ランドマーク保存委員会はプロジェクトを阻止すべく、ペンセントラル社にニューヨーク市に対する800万ドルの訴訟を起こさせました。
この法廷闘争は、ほぼ10年の間続きました。
ジャクリーン・ケネディ・オナシスを含む保存賛成派市民とリーダーのおかげで、再開発計画はなくなりました。(訴訟が最高裁判所までいったあとのことですが)

新しいはじまり
1994年に、メトロノース社がグランドセントラル駅の運営を引き継ぎ、大がかりな改装を開始しました。
そして1913年当時の輝かしさを取り戻しつつ、グランドセントラルターミナルは愛されるランドマーク、通勤者たちのハブ駅となり、5軒のレストラン、カクテルラウンジ、ダイニングコンコース、その他50ものテナントショップを擁する施設になりました。
グランドセントラルは近代都市の真ん中で、古き佳き時代のニューヨークを維持しています。

もっと知りたいあなたに
グランドセントラルターミナルの建築、歴史に興味がありましたら、公共のアート団体による無料ウオーキングツアーがあります。
ツアーは毎週水曜日12:30pmにメインインフォーメーション前集合です。

ということです。

なんだかサラッとしすぎてて、この記事ではわからないことがあり、もうちょっと調べてみましたので、今回でおしまいの予定でしたが、延長して次回のエントリーで別の記事をご紹介します。

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