2007年12月 2日

朝青龍の謝罪会見その後

やはり否定的な声が多いようです。
日本人の国際感覚のなさには悲しくなります。
どこまでも日本流の定規の上で測りたがるのですね。

朝青龍はモンゴル人ですから、どれだけ日本で生活しても日本人にはなりきれません。
外国人を横綱にして、日本流を押し付けるのはおかしいと思います。
はじめから「外国人は関取になれない」と決めてそれを貫くほうが私には納得がいきます。
女性が土俵に上がることは禁じているわけですから、またそうやって今の時代でも突っ張っていられるだけの歴史と伝統があるわけですから、外国人を排除することも可能ではなかったでしょうか?

そこをオープンにしてしまった以上、もっとオープンな感覚にならないと矛盾がでてくるのではないでしょうか。

外国人の感覚では、「誤るところは誤る。でも守るところは守る。」のです。
朝青龍はそのスタイルを守っただけです。

謝罪の場であっても、譲れない部分があるのは日本人でも同じこと。
ただ文化の違いで、私たち日本人は「とりあえずここは平謝りしておこう」という判断をします。
その場を取り繕うための謝罪が日本にはたくさんあります。

ただ、時代は確実に変わってきています。

一昔前は「それは私の問題ではない」という発言は無責任とされました。
とにかく目の前の問題に取り組む姿勢が重視されました。
でも今の私たちは頻繁に「私の問題ではない」「担当ではありませんので...」と言うようになっていますし、我慢する前に逆切れしますし、「ストレスで...」が言い訳として通用するようになってきています。

平謝り文化が変わる日も近いかもしれませんね。

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