謝罪にも文化の違い!?
このところ、ニュースを見ていますとやたら企業の代表者が頭を下げています。
今日のテレビ番組で1冊の本を紹介しておりました。
日本と欧米の謝罪に関する文化の違いについて書かれた本だとか...
その本には「欧米では他人に対して謝罪する気持ちはなく、神様に許しを請うための行為である」というようなことが書かれているそうです。
私はこれに同意できませんので、自分が見た範囲で思うところを書いてみたいと思います。
欧米では「誤解」と「謝罪」を区別しているように思います。
「誤解」にたいしては「説明」をします。
一方「謝罪」は本当に「自分」(=個人)が悪いと認めた場合に行われるのかも知れません。
日本では「誤解」に対しても「誤解を生むようなことになってしまい申し訳ない」と「謝罪」するところがあります。
欧米のように「誤解」にたいして「説明」を行うと、これを言い訳として捉えマイナス色が濃くなります。
企業の場合、簡単に自分たちの非を認めるわけにはいかない点は日本も欧米も同じです。
しかし、実際には対応に違いがあります。
アメリカの話...
マクドナルドは、コーヒーが熱かったと告訴され、数億円の賠償金を支払ったことがありますが、そこに謝罪の気持ちがあったかは多くの人たちにはわかりません。
企業にとっての謝罪とは賠償金を支払うことという見方もあると思います。
要は欧米では賠償金を支払う(=社会的ペナルティを受ける)ことで、許されるところがあり、謝罪行為より責任のとり方が問われる文化になっていると思います。
日本の場合、代表者が頭を下げるという行為が重要視され、その謝罪行為が人々の心を打つものであればそれだけで許されてしまうところがあります。
そこに文化の違いがあり、「欧米の企業は謝罪しない」というのは日本の文化を尺にした一方的な見方であり、間違いではないでしょうか?
さて、個人の場合ですが...
個人は謝罪しますよ、普通に。
私が見たテレビ番組の解釈に問題があるのかもしれませんが...
先述の本のように、他人に対して申し訳ない気持ちはないというのは大きな間違いです。
神に許しを請うのは「懺悔」であり、「謝罪」ではありません。
私が知る限り、それぞれが存在しています。



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