2007年11月30日

朝青龍の謝罪会見

テレビにかぶりついて観ました。

結構誤解されちゃったんじゃないかなと心配しています。
海外生活を経験していない人にとってはわからない部分がたくさん含まれておりましたから。

まず、どれだけ日常会話ができても、記者会見で質問の意味を理解するのは大変なことです。
日本語をマスターしていく環境の中で使われる言葉つかいと、記者会見で記者たちが話す日本語は別物です。

おかしなタイミングでシャッター音が耳についてしまたり、フラッシュに邪魔をされると、記者の質問のほとんどを聞き逃してしまいます。
もちろん緊張もしています。

だから、記者が期待していた答えから外れる返事が来ても、これはしかたないことです。

日本人の多くは1年の留学経験があればかなり外国語が話せると誤解しているので、朝青龍も日本人並みに日本語が使えると思っていることでしょう。

朝青龍はかなり日本語が達者です。
でも彼はモンゴル人であり、日本語は母国語ではありません。

国際結婚などで何十年と外国で暮らしていても、すべての分野でネイティヴなみに言葉を使える人はほとんどいないのではないでしょうか?

私の眼から見て、今日の朝青龍は立派でした。
私だったらクシャクシャに小さくなって、すみません、ごめんなさい...の連発しか出来ないと思います。
しかし彼はドンとしていましたし、正直だったと思います。

明後日の「アッコにおまかせ」でどう言われるのか...
でも私は評価しています。

がんばれ朝青龍!

2007年11月29日

セリーヌ・ディオン と マライア・キャリー

日本でも超メジャーアーティストの二人について書いてみます。

私にとってこの二人の共通点は、デビューアルバムがタワーレコードでスタッフ推薦版になっていて、試聴せずに買ったってことです。(発売されてすぐだったのでMTVやラジオでも耳にしたことはありませんでした。)
当時のリンカーンセンター横のタワーレコードがこうしてお薦めしてくれるレコードはどれも満足のいく作品で、私は完全に彼らのお薦めを信用しておりました。
なので、新人アーティストのお薦めがあると即買いでした。

実はこの二人は同期デビューで、セリーヌディオンの「ユニゾン」、マライアキャリーの「マライア」、どちらも1990年に発表されました。

デビュー当時のアメリカのマスコミはこういう評価でした。
セリーヌ : フランス語訛り(カナダ・ケベック出身)の英語がキュートだ。 ←ある意味バカにしている。
マライア : 実力はあるが、所詮CBSレコード社長の女。

で、セールスはマライアの勝ちだったと思います。
何しろマライアが所属したコロンビアレコードはCBSグループ、つまり社長の息がかかったアーティストですから、プロダクションもマネージメントも最高の陣営が用意され、お金もそれなりにかけたと思います。
MTVのオンエア率の高さも圧倒的にマライアの勝ちでした。

実際デビューアルバムに関しては、今聴いてもではマライアの作品のほうが好きです。
初めて聴いたときは5秒で鼻血が出ました。(笑)

ところが今の世間の評価はどうなんでしょう?
セリーヌが逆転したと感じているのは私だけでしょうか?

マライアは彼女らしさという点で頂点にいっちゃっているわけですが、5年前の作品と最新作品で違いがほとんど感じられない...

おっと、非難するためのコラムではありません。失礼しました。 m(_ _)m

実は私、マライアキャリーの作品で好きなのはデビューアルバムだけなんです。
だからまたああいうアルバムを出してもらえないかと、ずーっと待っているのです。

デビューアルバムのマライアは単純にシンガーでした。
2枚目で「あれ?ちょっとやり過ぎちゃったんじゃない?」という自我が現れ、3枚目で確実にディレクターより大きな発言力を持ってしまったと思います。

彼女がすごいテクニックの持ち主であることは全世界が認めるところです。
もちろん私も。

でも私が聴きたいのは彼女の歌であって、テクニックをひけらかす世界観ではありません。

でも残念ながら、彼女をシンガー扱いできるディレクターはいないんでしょうね、きっと。

一方、セリーヌは今でもシンガーに徹しています。
今でもフランス訛りの英語です。
つまり彼女は一貫してシンガーであり続けており彼女を料理するディレクター、プロデューサーの手によって色んな魅力が引き出されています。

その方が安心して聴いていられますし、さらっと聴き流すことも出来ます。

...なんてことを考える自分がすごく嫌で、私は普段音楽を聴きません。
変なオチ。 m(_ _)m

2007年11月28日

使える英語 その11

"Which one ...?" と訊かれて "Yes." と答えていた頃、私が発したひとつの単語で階下の女性は「この人はバカじゃなくて、単に英語が話せないだけ」と感じたそうです。

言い返せば、それまでは「もしかしてこの人バカかも?」と思われていたということです。(笑)

まあそう思われても仕方ないです。
実際賢くないし、ニューヨークには教育が比較的遅れている国から来てバリバリ英語を話す連中がたくさんいますから「話せて当たり前」がネイティヴの人たちの本音であることは以前にも書きました。

だから日本から来た人間が英語を話せないことは解せないことなのだと思います。

話し戻して...
私が発した一言とは "REINCARNATION" でした。
何を言いたくてこの単語が出たのかは覚えていません。
随分後になって、階下の女性から「実は...」と聞かされた話なので、私はそのときのことはさっぱり覚えていないのです。

どうして私がこの単語を知っていたのかといいますと...
ユーミンのアルバムタイトル(曲のタイトルでもありますが)だったからです。
別に宗教的な勉強をしたわけでもなければ、当時ブームだった丹波哲郎の本から得た以上の知識があったわけでもありません。
日常に転がっていた単語だっただけです。

実をいいますと、私の中では「男がユーミンを聴く=ナンパなやつ」というイメージでしたので、テレビやラジオから流れる以上のユーミンは知りませんでした。
なので、もしあのアルバムのタイトルが「川景色」だったら、私は "REINCARNATION" を知らぬままだったと思います。

日本で暮らす日本人にとって英語はさほど必要ではないかもしれませんが、日常に転がっている英語を見過ごすか、調べて覚えていくかでいつか大きな差になって現れるんだな...と思いました。

以降、私はわからないこと、知らないことに出会うと、意識してすぐに調べるようにしてきましたが、インターネットがここまで普及したおかげで調べることもまったく苦にならないようになりました。

近頃は調べて「ふ~ん」と納得してもすぐに忘れてしまうんですけどね。

2007年11月27日

アルセニオ・ホール

昨夜おかしな夢をみました。
私はなぜかお台場にいて、広場でイベントっぽいことが行われていました。
何だろう...と近づいてみると、アルセニオホールが登場し、アルセニオホールショーの収録が始まりました。

で、今回はアルセニオホールについて書いてみます。

私が初めてアルセニオを見たのは、エディマーフィー主演の映画 "星の王子ニューヨークへ行く" でした。
"セミ" という役を演じていましたが、見たことのない役者なのに存在感があってすごいと感心しました。

渡米後...
別に番組を観るわけでもなくテレビをつけながらゴロゴロしていたら、突然テレビに "セミ" が出てきました。
アルセニオホールショーです。

日本でいうと「さんまのまんま」的な感じで、ゲストを招きアルセニオとトークする番組でした。

わたしはすぐにこの番組のファンになりました。
超人気番組でしたので、出演するゲストも一流でしたが、アルセニオは話の広げ方とか無茶苦茶上手で、嫌味なく、観ていて不愉快に思うことはひとつもありませんでした。

お笑いばかりではなく、時には番組の冒頭で民衆に呼びかけるようなスピーチをすることもありました。

アメリカのショービジネスの人たちは自分の専門以外の仕事はしない風潮があります。
映画俳優はテレビドラマに出たがりません。
「映画で食えないからだ」と世間に言われてしまうからです。
「俺はこれ1本!」という仕事ぶりのほうが評価されるのです。

しかし、アルセニオは真のマルチタレントで、何でも出来て、何でもやりました。
もともとはコメディアンでしたが、映画、テレビドラマ、司会、トーク番組のゲスト...
あのヒョウヒョウとしたキャラクターで世間からの評価なんて関係ねぇぜって感じでヒョイヒョイやり抜けました。
そして、そのツッパリも敵意を感じさせない上等なものでした。

アルセニオホールショーは1989年1月にはじまり、1994年5月に終わったそうです。
どれだけ素晴らしい番組でも終わってしまうんですね。
アメリカであれだけメジャーになるとギャラも法外ですからしかたないですね。
そもそもアルセニオホールショーがはじまったのは、彼が同じ時間帯に他局でトーク番組のホストをやっていて、契約更改時に条件が折り合わず局を乗り換えたのがきっかけだそうです。

アルセニオ・ホール
右側がアルセニオです。

2007年11月26日

年の差婚

今朝のめざましテレビで年の差婚を取り上げていました。

このブログに何度も登場してくる "階下の女性" も年の差婚をした一人です。

私が帰国して2年くらい経った頃、突然何の前ぶれもなく「結婚しました」ハガキが届きました。
私も知っている彼氏とは別れてしまったことは聞いていて、それ以降、直前にもらっていた手紙にさえボーイフレンドのことなど一切触れられていなかったので大変驚きました。

どちらにしてもおめでたいことなので電話をかけてみると...

ご主人になったのは私と同い年で、知り合って1週間で籍を入れたとか...
軽い冗談のノリで、彼女の方から「市役所へ行こうよ」と言ったそうです。

彼女の正確な年齢は訊いたことがありませんのでわからないのですが、3年間おつきあいした中のあれこれをつなぎ合わせていくと、私のひとまわり上と思われます。

ということは、ご主人ともひとまわり違うことになります。
=年の差婚 ですよね?

アメリカ人は年齢を気にしないと日本では結構誤解されていますが、実際はそうでもないです。
要はどういう立場で知り合い、どういうお付き合いをしていくかで親子くらい歳の離れた友人が出来ることもあるという程度です。

基本的に社会に出ると、高校・大学の先輩後輩くらいの年齢差はあまり気にしないようですが、中年男性が青年に "Hey, kid..." というのはよくあること。
「若造に負けてたまるか」という中年の思いは日本と同じです。

で、年の差婚ですが、これも日本と同じで寛容な家もあれば、絶対に許さない家もあり、特に後者のこだわり度は日本の比ではありません。

家長が絶対的権限を持った家庭は日本以上に多いと思います。
そういう家では、結婚に本人同士の自由はありません。

私がよく耳にしたケースは、肌の色の違い、宗教の違いです。

階下の女性の場合、自分の両親とは絶縁状態で、ご主人の両親は「反対する時間もなかった」だそうです。

2007年11月25日

喜ばれる子供向けプレゼント

暮らしていると現地の人と交友関係になることが増えてきます。

私の場合、一番よくしてくれた音楽プロデューサーは家族ぐるみで~といっても私は一人でしたが~お付き合いしてくれました。
家族ぐるみでの付き合いになると、例えば子供の誕生日パーティーなんかに呼んでもらったりします。

私は第1子(女の子)の1歳の誕生パーティーに招待され、手ぶらで行くわけにもいかず、プレゼント選びに大いに悩みました。
ミッドタウンのデパートや、アパート近くのかわいいお店なんかをたくさんまわりました。
でも、何が喜ばれるのかさっぱりわからずで...
悩んでいる間にもパーティーの日はどんどん近づいてきて、下手すると最悪のケースになりかねなかったので、とにかくお店を決めました。

5番街58丁目の「F.A.O.シュオルツ」は、トムハンクス主演の「Big」で出てきたおもちゃ屋さんです。
日本人的感覚?の「贈り物は○○デパートの包装紙」で、このお店のラッピングなら問題あるまいと思い、今日は必ずプレゼントを買って帰ると心に決めて出かけました。

ぬいぐるみのような平凡なものにはしたくありませんでしたし、値段は適切なものにしないとおかしなことになっら嫌でしたし、結局2時間くらいあれこれ見て回った結果、クレパス、色鉛筆なんかがセットになったものを購入しました。
20ドルくらいだったと思います。

当日、初めてのアメリカの誕生パーティーに出かけると...
結構みなさん手作りのプレゼントを用意していて、人形だったり、どうやって使うのかわからない意味不明な物体だったりで、ラッピングも自分で包装紙を選んでサクっと巻いてきましたみたいな感じでした。

私のプレゼントは幸いにも大変喜ばれて(両親に)、誕生日の後も何度もお礼を言われて恐縮しましたし、そのセットを使って子供が描いた絵もたくさん見せてくれました。

お店のチョイスもよかったようです。

すでにお絵かきセットを持っていても、消耗品ですから問題ありません。
おすすめですよ。

2007年11月24日

クチパク禁止令

私の在米中~あれは1990年か1991年のどちらかだったと思います~に、クチパク禁止令が出ました。
それ以前にアメリカのテレビ番組で歌手が出演する時はクチパクが主流でした。

どうゆう理由で禁止令が出たのかはわかりませんが、ミニヴァニリ事件がその発端だったのではないかと思います。

ミニヴァニリは黒人2人組のヴォーカルユニットで、グッドルッキングを売りにした、いわゆるアイドルでした。

この "Girl I'm Gonna Miss You" は大ヒットして、MTVで1時間に数回かかっているほどのへヴィローテーションで、FMでもすごかったです。
で、1990年にグラミー賞を受賞したのですが、その後実は彼らがクチパク(全く別のアーティストがレコーディングした)だったことが発覚し、グラミー剥奪!

記者会見が開かれ、全国放送のニュースで取り上げられたほど世間を騒がせました。
その席で「でも俺たちだって歌えるんだ!」と一人が立ち上がり "Girl, You know it's true" の歌いだし部分を披露...
...ひどかったです。
記者もドン引きでした。

そもそもグラミーの受賞がなかったら、あのようなことにはならなかったと思いますが、あまりにも世間を騒がせてしまったためか、グラミーの威厳を守るためか、テレビ出演時のクチパクを禁止すれば、クチパクアーティスト撲滅に繋がると考えたのでしょう。
そうは言っておりませんでしたが、タイミング的にミニヴァニリ事件が関係ないとは思えません。

さて、禁止令が出て最初にテレビで生歌を披露したのは、べリンダカーライルでした。
「おっと、これはヤバイ」と音楽関係のマスコミが騒いだことからすごく注目され、私もその番組を観ました。
全米が注目する中、ムチャクチャ緊張したと思いますが、レコードとさほど変わらないパフォーマンスを披露しました。

しかし、その後またクチパクOKになったらしいですね。
サウンドチェックやら、リハーサルやらで実演はすごく時間、手間、お金がかかりますから、テレビ番組の制作側としてはクチパクのほうがいいに決まってます。

では、ミニヴァニリの大ヒットチューンをもうひとつ。

2007年11月23日

ダイエット

アメリカでは太っていると管理職になれない...
そう言われだしたのは私がアメリカにいた頃だったと思います。

初めて聞いたときは私も若くてガリガリでしたから、無責任に賛同したものでした。

しかし、今になって自分もそれなりに脂肪をためこんでくると...
あのときの自分はごめんなさいって感じです。

管理職はそれなりに責任ある立場で、仕事だけでも大変なのに、そのうえ自分の身体も管理するなんて、とても大変なことです。

しかしアメリカではどこからが肥満なのでしょうか?
現在のアメリカ人男性の平均身長は175cm、体重は86Kgだそうです。
私はこれに比べるとスリムな方ですが、日本の健康診断では体重を減らすよういつも言われております。

どちらも人間なのにキャパシティが違うというのはどうも腑に落ちません。
今週のオーマイNYで佐野さんがダイエット目的のダンス教室を紹介していてそんなことを考えました。

2007年11月22日

アンザッククッキー

さらにもう一発いきます!
日常的に食べていたスイーツネタ第5弾です。

今回もオーストラリア編で、アンザッククッキーです。

オーストラリアのアンザッククッキー

第一次世界大戦中、戦地に赴く夫や息子の健康を案じた女性たちが工夫して作ったのが始まりだそうです。
そう聞くと特別な日に焼くクッキーのように思いますが、実際はキオスクなんかでも買えます。

初めて食べたのは渡豪して、アパートを探す間お世話になっていたホテルでした。
室内にコーヒー、紅茶が用意してあって、お茶うけにクッキーが数種類置いてありました。
その中で一際美味しかったのがアンザッククッキーでした。

レシピはわかりません。
何だか木の実系のものなんかがザクザク粗めに入っていて...
入っていてというよりは、そのものの寄せ集め的な感じですが...
これら一つ一つの食感がたまらないわけです。

これはアメリカで食べたどのクッキーより美味しかったです。

2007年11月21日

マクドナルドのソフトクリーム 25円+

もう一発いきます!
日常的に食べていたスイーツネタ第4弾です。

今度はオーストラリア編です。

1992年夏のこと。
マクドナルドのソフトクリーム(現地ではソフトサーブコーンといいます)が値下げされ、怒涛の30セントになりました!
証拠はこちら ↓

豪ドルで生活している感覚では30円ですが、当時の為替レートは「豪1ドル=85円」でしたから、そういう見方では25円50銭です。
別に量が少ないわけでもなく、食後にちょうど良い感じでした。

これは期間限定企画だったため、あとで後悔することがないように私は毎日最低1個、多いときは3個を食べました。

私だけでなく、あまりにたくさんの人たちがかぶりついたため、限定期間終了後に復活することとなりました。
日本でもちょっと前に平日の14時以降はサンデーが100円でしたね。

だけど日本にはミニストップがありますからね、いくら100円でもそのためにクルマを走らせる気にもなれず...
でも、一番好きなソフトクリームは KIHACHIソフトクリーム です!

2007年11月20日

ホイップクリームとバゲット

日常的に食べていたスイーツネタ第3弾です。

アメリカにはスプレー式のホイップクリームが売っています。
普通にどこのスーパーにでもあります。

これは私がアメリカで食べていたものとは別ブランドのものですが、日本で入手可能なようです。
エアゾール式ホイップクリーム

私はこれをずっと生クリームだと思って食べていました。
バゲットを買って、このホイップクリームをつけて食べるのが大のお気に入りでした。
クリーム1本で、バゲット5本くらいもちました。

できればあのまま生クリームだったと信じていたかったのですが...
あの味をもう一度食べてみたくなり、日本で入手できないかネット検索していて見つけちゃったのです。

こんな記事を見つけてしまいました。

日本では牛乳が比較的高価なため、植物油を泡立て、クリームと似たような形状と色にした"ホイップ(クリーム)"という代替品ができている。真のホイップクリームはクリームをホイップした(泡立てた)だけの物なので、商品にはホイップクリームという表示はされていない。模造品のホイップクリームとの区別が明確になるように、本物のクリームを生クリームと俗称する。また、アングロアメリカでも「クールウィップ」(Cool Whip) という模造ホイップクリームがクラフトフーズ社から販売されており、泡立てる必要がなくホイップ状態が長期間持続する簡便性から広く普及している。

ホイップ(クリーム)以外の"クリーム"類は(下記参照)すべて牛乳でできており、乳等省令の分類におけるクリームは、「生乳、牛乳または特別牛乳から乳脂肪分以外の成分を除去し、乳脂肪分が18.0%以上にしたもの」と定義されている。

この海外食料品の主な素材が日本で高価なために、国内のより安い素材で代替されるという発展は、ビールと発泡酒の関係やチョコレートのココアバターの代替と似ている。

知らぬが仏です。

2007年11月19日

ニューヨークチーズケーキ

日常的に食べていたスイーツネタ第2弾です。

前回のエントリーでも書きましたが、何しろ私はバタークリームが大嫌いなので、外でケーキを食べることはありませんでした。
...が、甘党の私がケーキゼロ生活などできるはずもなく、スーパーでチーズケーキ(ホール)を買ってきて食べていました。

日本のパスコのような大きなベーカリーが量産したものをスーパーでクッキーなどと一緒に売っているのですが、これが安くて値段から想像する以上においしいのです。

渡米前の私のボキャブラリーの中に「ニューヨークチーズケーキ」とか「チーズケーキニューヨークスタイル」といったものはなく、「ベイクドチーズケーキ」と「レアチーズケーキ」の連立与党でした。
ところが、そのスーパーで買うチーズケーキの箱には「ニューヨークチーズケーキ」と書いてあり、「どこからどう見てもベイクドチーズケーキじゃねえか!」と恥ずかしいツッコミを何度か入れたことがあります。

その後、「ベイクドチーズケーキ」と「ニューヨークチーズケーキ」は同じものに違いないと自分の中で消化したものの、結局どうして「ベイクドチーズケーキ」が「ニューヨークチーズケーキ」と呼ばれるのかわからないままでした。

そこで、調べてみました。
数あるおはなしの中のひとつに過ぎないと思いますが、ご参考まで。

ニューヨークチーズケーキは、ニューヨークに移住したユダヤ人たちから広まったベイクドチーズケーキの一種で、クリームチーズが全体の50%を占めており、コンスターチなどの粉を少量に抑えて酸味のあるサワークリームとケーキ底にグラハムクラッカーを厚めに敷き、じっくり蒸し焼きしたものだそうです。

これはハーゲンダッツのように即完食というわけにはいきませんでしたのでしたが、必ず24時間以内になくなっていました。
ホールに直接スプーンで挑むあのわくわく感は一度味わうといつまでも忘れられません。

変な落ちになりますが...
どちらかというと「レアチーズ」のほうが好きです。
m(_ _)m

2007年11月18日

ハーゲンダッツ / 日

私は超がつく下戸で、超がつく甘党です。 m(_ _)m

といいましても、甘ければ何でもOKというわけではなく、例えばバタークリームのケーキは大嫌いですし、甘納豆をわざわざ買って食べようとは思いません。

アメリカの一般的なケーキはバタークリームで、カフェでおいしそうに食べているおばあちゃんのケーキも十中八九はバタークリームです。
そんなわけで、カフェやレストランでケーキを注文したことはありません。

在米中に一番食べたスイーツは「ハーゲンダッツ」です。
スーパーで毎日パイント(473ml)をひとつ買いました。
冬の寒い日も、風邪をひいていても、これだけは欠かすことはありませんでした。
どちらかというと「フローズンヨーグルト」シリーズを好んで食べました。
気休めばかりの低カロリーと、普通のシリーズより安かったからです。
味もストロベリーやピーチなどなど多種で充実していました。

当時、フローズンヨーグルトのパイントは1.99ドルで買えました。

スーパーからアパートまでの50メートルくらいを歩いてくると夏場にはほどよいかたさになって、スプーンの入り具合が大変気分よかったことを覚えています。

買ってきたハーゲンダッツは我が家の冷蔵庫に入るまもなく私の胃袋に収まりました。

あれだけ毎日食べてもそれほど太らなかったのは年齢の問題もあると思いますが、とにかくよく歩きましたからそれが良かったんだと思います。

今なら1ヶ月で10Kgくらい増えそうです。

2007年11月17日

ビバリーヒルズ 90210

在米中にドップリはまったテレビドラマがありました。
「Beverly Hills 90210」です。
確か木曜日だったような...

日本でも放送され、友近となだぎ武がネタにしていますから、結構たくさんの人がご存知なのではないでしょうか?

日本では「高校白書」「青春白書」とサブタイトルがついていましたが、アメリカでは「ファーストシーズン、セカンドシーズン、...10まで」(シーズン1、シーズン2 だったかな?)という言い方をされていました。

実は第1回放送から観ていました。
シンプソンズの後で放送されていたので、そのままテレビをつけていたら始まって、はまってしまったわけです。

90210はドラマの舞台となったウエストビバリーの郵便番号で、いわゆる「ビバリーヒルズ」とは違って超セレブではないということろをアピールしたかったようですが、登場人物の親は一様に成功した人たちで十分にリッチに見えました。

プエルトリコ出身の歌手志望の友人がいまして、彼はある日突然に「俳優を目指す」といってロスアンゼルスに移住してしまいました。
その彼から「ビバリーヒルズ 90210」に出演したと連絡があり、観てみると学校カフェテリア内の生徒Aみたいな役で出ていたのも思い出の一つです。
もちろんセリフはありませんでしたが、友人として誇らしく思いました。

さて、その「ビバリーヒルズ 90210」で挿入歌だったジェレミージョーダンの "The Right Kind of Love" が大好きで何百回聴いたかわかりません。
こちらでアルバムの試聴ができます♪
Try My Love / Jeremy Jordan
"Wanna Girl" もシングルカットされました。

なんともまとまりのない文章で申し訳ありません。 m(_ _)m

実は「東方神起」のシングルで Shine という曲を聴いたとき、「何じゃこりゃ? 日本版ジェレミージョーダンじゃん!?」と驚きました。
15年前にこの曲がリリースされていたら誰もがそう感じたと思います。

更に驚いたのは「東方神起」が韓国人のグループだってことです。

あの...
文句を言ってるんじゃないんです。
懐かしくて、身体がかたまってしまったので、ついご紹介したくなりました。
「東方神起」を検索してここにお越しいただいた人も、ジェレミージョーダン聴いてみて下さいね。

2007年11月16日

バッテリーパーク

「ニューヨークに来た!」と実感できるスポットのひとつです。
自由の女神が見えますから♪

バッテリーパークから見る自由の女神

ニューヨーク観光には欠かせません。
何度かご紹介済みのスタテンアイランドフェリーもバッテリーパーク横に発着所がありますし。

大道芸人が結構いて、いつも人で賑わっているのですが、冬はあまりの寒さにほとんど誰もいなくなります。

ここから見る自由の女神に満足いかない方は船に乗って、リバティアイランドに渡ってください。

2007年11月15日

がんばれ!キャブドライバー

何でもイエローキャブにクレジットカードの読取装置とGPSの取り付けが義務付けられるとか...

日本のタクシーは民間企業ですが、イエローキャブを管理しているのはニューヨーク市で、ライセンスを持つドライバーは一日いくらで市から借り受けています。
その賃借料とガソリン代以上を売り上げてはじめて収入になるのです。

よってクレジットカードの読取装置とGPSの取り付けを決めたのはニューヨーク市なわけですが、それが利用者にとってどんなメリットになるのでしょうか?

GPSのモニターは後部座席でも見れるようになるそうですが、今自分がどこを走っているかを知りたい利用者がどれだけいるでしょうか?
アメリカは自由の国で、基本は多数決です。
過半数の利用者がそれを知りたがっているとはとても思えません。

それらを取り付けるい事によって運賃が値上げされるとなれば、即却下ではないでしょうか?
それでも計画が進んでいるのは、利用者にエクストラの負担がないからという気がします。

要はドライバーのズルを許さないクリーンな運営という建前でしょうが、その裏で多額の賄賂を受け取る者がいるのでは?と勘ぐってしまいます。

イエローキャブは約13,000台で、これらの取り付けにかかる費用は1台当たり約5,000ドルだとか...
65,000,000ドル(120円換算で78億円!)のプロジェクトですよ!

で、そのお金をどうやって回収するかといいますとドライバーへの賃借料が値上げされるようです。
ますますズルをしないとドライバーは生活できなくなるのでは...?

これって、不景気な国で暮らす者の「ひがみ」でしょうか?

2007年11月14日

使える英語 その10

今回は "Bless you." です。

あれは渡米後まもなくのバス車中にて...
窓際の席に座った私は秋の暖かく柔らかな日差しを受けながら、流れゆく景色を見ておりました。
すると、鼻がムズムズしはじめ...
「ハクショーン!」

間髪いれずに誰かが後ろから "vbvnmjk"
...ボソッと小さな声で何かを言いました。

私は自分が怒られたと思い後ろを見ないよう姿勢を固めました。
結構オヤジ系のくしゃみをしてしまったからです。

場面変わって...
道を歩いていたときに、「ハクション!」
すれ違う人が "cfvgbn"
...え~っ!?また怒られたの?

場面変わって...

場面変わって...

場面変わって...

アメリカというところは人前でくしゃみをすると怒られるようです。(笑)

何度も言われていると、次第に聞き取れてきます。
どうやら彼らは「プレッシュー」と言っているようです。
他人のくしゃみを擬似音で真似て、注意を促しているのです。
何て嫌味なやり方でしょう。
おならに寛容なアメリカ人もゲップとくしゃみは許せないようです。

まあ、くしゃみ一発で多量のウイルスを撒き散らすことがあるわけですから、迷惑っちゃ迷惑です。
でもあそこまであからさまに嫌われると、こちらは逆切れ状態で「テメエらくしゃみ止めれんのか?」と食ってかかりたくなります。

冬のある日、確かバスの中で...
そのバスは混んでいて私は手すりにつかまり立っておりました。
すると私の隣にいた黒人女性が "ハクション"
私はニンマリとその女性に向かって言ってやりました。
「プレッシュー」

するとどうでしょう!?
彼女は当たり前の顔をして "Thank you." と言いました。
その後も平然とした態度です。

私は混乱しました。

ある日一人の日本人女性が教えてくれました。
「アメリカではくしゃみをすると魂が抜け出てしまうという言い伝えがあって、くしゃみをして魂が抜けてしまった人を見ると、その人に対して "Bless you." と慰めの言葉をかけるんだよ。」
「くしゃみの音を真似た "プレッシュー" じゃなかったんだ?」
「God bless you. ~神のご加護がありますように~ってこと」

なんて良い話だ!と私はいたく感動し、それまでの無知で発想の乏しい自分を反省しました。
なんだか人と人は繋がっているんだという人類愛を感じました。
今的には Free Hug ですかね。
それ以降私は誰かがくしゃみをすると真っ先に "Bless you." と声をかけるようになりました。
彼らは100% "Thank you." と返してくれました。

そういうことですので、英語圏に旅行に行く人でも誰かがくしゃみをする場面に出くわしたら "Bless you." と声をかけてあげてはいかがでしょうか?

さて、せっかくですから文法的な話も書いておきます。
God knows ... といいますから、つまり God は三人称なんですね。
中学校で習った「三単元のS」が know についています。

ではなぜ "God blesses you." じゃなくて "God bless you." なのでしょうか?
答えは...
"May god bless you." が正式な文章で、これが省略?されているのです。
"Bless you." は更に省略されたものってことですね。

m(_ _)m

2007年11月13日

留学生が帰国後に直面する現実

先日ただテレビをつけ、パソコンに向かっていると面白い番組が始まり、思わず手を休め真剣に見てしまいました。

ボルネオ島にオランウータンの保護施設があって、怪我をして治療が必要なオランウータンや育児放棄にあった小猿なんかの面倒をみて、いずれは森に返してあげるのが目的です。

そのテレビ番組とはフリーター版オランウータンのそれで、フリーターから卒業したい人たちと、彼、彼女らが通う~正式名称は忘れました~社会人養成塾(実際には企業です)を紹介するものでした。

その中で、留学をした女性がいました。

彼女のプランでは留学し、帰国後英語を活かした職業に就くことになっていましたが、現実は彼女のプラン通りには進みませんでした。
そこで彼女が選んだのがアルバイト生活でした。
選んだというよりは、その現実を受け入れるしかなかったのです。

彼女はインタビューでこう言っていました。(私の解釈が混じっています)
留学前は同級生と同じラインに立っていた。
帰国すると同級生たちは社会人として生活していて、ボーナスをもらっていました。
たまに会って食事をすると、「ボーナスでたから今日は奢ってあげるよ」なんてケースがではじめました。
そのとき彼女は自分が同級生たちからおいていかれた感じにショックを受け、このままではいけない、人生巻き返すんだと入塾したわけです。

実は私にも似た経験があります。
5年弱もの海外暮らしで、自分なりに充実した時間を過ごしてきたつもりでしたが、帰国後すぐに同級生が結婚し、マンションを買ったと聞いたとき、生まれて初めて人生に焦りを感じました。
そのとき自分は日本での社会人1年生で、営業のルールなんかを教えてもらっている状態... 貯金ゼロ...
かたや同級生は良きパートナーを得てマンション購入ですから、大きく差をつけられた気持ちでした。

海外に飛び出した自分の決断が間違っていたのでは?と、後悔にも似た気持ちになったのは正直なところです。

でも、今自分が思うことは他人の人生と自分の人生を比較するのはつまらないということです。
負け惜しみや開き直りではないですよ。(笑)

自分が留学している間に社会人として同級生たちに遅れをとってしまうのは紛れもない事実です。
留学ガイドブックの1ページ目に必ず書かれていなくてはいけないほど明白です。

私がそのときに焦りを感じてしまったのは、人生設計ができていなかったからです。
同級生たちと自分の位置関係ばかりが気になり、自分がどういう仕事をして、どのように生きていくのかという部分はほぼ白紙状態だったからです。

はっきりとした人生設計はないけど、とにかく留学したいという人は学校を卒業する前に休学して実行してはどうでしょうか?
社会に出るとき、新卒のほうがチョイスの幅が広いです。

2007年11月12日

英語キャラな自分 その5

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

海外生活を終えて帰国し、早13年。
日本社会でサラリーマンの端くれとして生活してきました。

さすがに、海外で生活していた頃の自分とは価値観が大きく違った私が今ここにいて、
「もうあの頃のようなキャラは意識しても着れないなあ...」
と感じたことから「英語キャラな自分」として自己分析をしてみようと思ったわけです。

今考えると激しい無知を掲げて無謀の連続、ポジティヴに表現すると行動力抜群!
常に全力でそれなりに充実した時間だったと思いますし、あのテンションでなければ堕落の生活しかなかったんだと思います。

なので、英語が身につくにつれて英語キャラの自分ができてくると書いたことは「私の場合」に訂正させていただきます。
同じ私であっても、初めての海外生活がオーストラリアのときのようにサラリーマンとして海外赴任する状況であれば結果は違ったものであったと思います。

ところで、海外で5年弱過ごしたことに対して後悔はないか?
と自分に問うと...
次回のエントリーでそのことを書こうと思います。

2007年11月11日

英語キャラな自分 その4

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

「当たって砕けろ!」

若者の専売特許です。
ある程度大人になると「砕けない方法」を考えて、計画的に物事に取り組まねばなりません。

渡米前の私はどちらかというと楽観的で「ミュージシャンになりたい」という夢以外のことはどうでもいいこととして、とにかく考えることや努力を一切しませんでした。
すべてが成り行きまかせで、大人から見たら「無気力」だったかもしれません。
そういえば私たちの世代は世間から「新人類」と言われていました。

そんな私が「当たって砕けろ!」を実践しはじめたのは、渡米してからのことでした。
意識してそうしたわけではありません。

日本にいた頃は親や友人たちが力になってくれたり、意見してくれたり...
同級生がするように自分もしておけば流れに乗れたり...
ある意味周りがどうにかしてくれるところがあったので、「当たって砕けろ!」的な行動を起こす必要がなかったんだと思います。

ところがアメリカでは親も友人たちも遠く離れてしまい、家庭用ファックスさえもほとんど普及していなかった時代ゆえ、限りなく一人になり...東京時代より一歩進んだ一人暮らしがそこから始まりました。

一人でいると電話は全く鳴りませんし、誘ってくれる友人もいません。
自分から行動を起こさないと何も始まらない環境だったので、「ハッタリ上等!」「当たって砕けろ!」にならざるを得ませんでした。

アメリカはそんな若者に寛大でほとんど砕けることはありませんでした。
出会う人みんなが、その場でその人たちに出来る最高の仕事で私を導いてくれました。

一度当たって通ると「あれ?そういうものなの?」と若者独特の勝手な思考が芽生え、それが2度、3度と続くと完全に自分を誤解します。
...ていうか、していました。

そうやってキャラを着ていったんだと思います。

2007年11月10日

英語キャラな自分 その3 (翻訳の能力)

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

「アメリカキャラを着る」には「英語で考え英語で会話する」ことが前提ですが、「英語が使える」ということと「翻訳をする」ことは別の能力が必要になります。

「英語で考え英語で会話する」環境で生活して習得する英語は、他人(テレビや映画を含む)が使っている言葉遣いで目立つものをニュアンスで理解していくため、単語として覚えるより文として覚えることの方が多くなり、その文の深い意味を考えず「こういう場面でこう言う」といった感覚で "身につけていく" のです。

そうして身につけた英語は、日本で上手くフィットする場面がないことが多々あり、辞書で調べて和訳してみても自分のニュアンスに合わないことが多いです。

さて、翻訳に話を戻します。

例えばA4の英文書をざっと読みます。
英語で理解しています。
では、それを日本語に翻訳しなさいと言われるとボロボロに壊れてしまいます。
うまい日本語が見つからないので、A4文書1枚を翻訳するのにパソコンに向かって1時間かかったりしてしまいます。

日常会話に困らない英会話の能力があっても、翻訳の能力はそれとは別の次元で存在しているのです。

...と言い切ってしまっては語弊がありますかね?
私にとってはそれがキャラを着ている違和感のひとつなのですが...

2007年11月 9日

透明人間

英語キャラな自分と題して連続で書いておりますが、今朝のめざましテレビ「エビバディ ニューヨーク」で驚きの映像を見たのでちょっと寄り道させていただきます。 m(_ _ )m

グランドセントラル駅で異色のファッションショーが開かれたそうです。
映像マジックによるバーチャルファッションショーで透明人間が洋服を着てステージに立つ感覚です。

服を着たモデルで3D撮影した映像からモデルの肌が出ている部分、髪の毛を削除し、あたかも透明人間がそこに存在するかのような映像をつくりあげておりました。

アメリカ人らしいといいますか、なんとも奇抜なアイデアに驚きました。

それ以上に驚いたのはショーを見た市民の感想です。
「モデルがいないから興味が服にフォーカスされて良い」というのです。

私は前職でジュエリーのネットショップの運営を担当しておりましたが、ショップをオープンしたばかりの頃「装着イメージがないと買いにくい」というご意見を山のように頂戴し、私がモデルになるわけにもいかず、女性のアシスタントをつけてもらいました。

日本でも近い将来「モデルは要らない」という声が聞こえるようになるのでしょうか?

現実問題として、MIDI(電子楽器をコンピュータで制御する技術)がある程度進歩した80年代後半、特にドラムマシンが人間のドラマーにとってかわる時代が来るなんてほとんどの人が思っていませんでした。
ところがその10年後には、レコーディングで人間のドラマーを使うことはとても珍しいことになりました。

この変化の裏には技術の進歩より発想の転換がありました。

最初はみんな機械を人間に置き換えようと考え、メーカーもミュージシャンもドラムマシンに人間味を持たすことに重点を置いて開発、使用していましたから、そこには自ずと限界があり、所詮機械は機械という人間優位の公式がありました。

ところが、機械の能力を高めていこうとする流れに逆行する発想が出始めました。

機械だからこそ出せるグルーヴがあるという考え方です。
開き直りですね。(笑)
機械を進歩させるより、使い手が機械の使い方を研究したほうが良いという発想でした。
ハウスミュージックの世界でひとつの形が出来上がり、マドンナなどのビッグアーティストたちがこぞってそのサウンドに乗っかり完全に市民権を得るに至りました。

日本でもTKがブームになりましたよね。

さて、話を戻しますが...
この透明人間のファッションショーも超メジャーブランドが採用し、見る側が質感の再現などの点で「これで良いじゃん」と思う時がくればそうなっていく可能性は十分にあると思います。

メリットは多少のスペースがあれば、世界中どこでもショーを開催できるようになるところ、しかもコストが圧倒的に安く、毎回同じクオリティのショーを見せることができるということ。

モデルの体脂肪率問題もありますし、意外にそのときは早く来るかもしれませんね。

2007年11月 8日

英語キャラな自分 その2

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アメリカキャラな私は他人を褒めることに一切の抵抗や、恥ずかしさを感じませんでした。

例えば、日本で素敵なジュエリーを身につけていたり、とてもその人に似合う帽子をかぶっていたりする人を見かけても、「お似合いですね」と声をかけることはありません。
心ではそう思っているのですが、恥ずかしくて言えません。
また、私が「お似合いですね」と声をかけることで、相手の方が恥ずかしくなってしまったりして、かえって迷惑をかけるのではないかという思いもあります。

でもアメリカでは一日一善じゃないですけど、出かけると一度は誰かの何かを褒めました。(冬の屋外は無理でした)
何も恥ずかしくなかったですし、相手も "Thank you." とニッコリ返してくれるだけで、「ゲェ!ナンパしてきた」といった空気は一切ありませんし。

物事には何でも最初がありますが、初めてそうやって他人に声をかけたのがいつで、どんな場面だったか...まったく覚えておりません。
言葉がまったくダメだった頃は当然していませんでしたし、多分アメリカキャラを着だした頃だと思います。

男性には意図的に言いませんでした。
誤解されて困ったことになってはいけませんので。(笑)
でも自分もそれが欲しいと思うような靴などを身につけた人をみると、やはり声をかけて「どこで買ったか」まで訊きました。
運良く教えてもらったお店で現物を見つけても、自分には似合わないことばかりでした。

私自身もストレートのロン毛だったころは、女性によく褒めてもらいました。

2007年11月 7日

英語キャラな自分 その1

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英語力が伸びるにしたがって、英語で聞いて英語で答えるようになります。

日本で暮らしている日本人でも、外国人に「ハロー!」と言われて...
~ハローってことは"こんにちは"だな、じゃあ自分も"こんにちは"と返すべきだ、"こんにちは"は英語でハロー~
「ハロー!」
なんてプロセスを踏む人はいないと思います。

「ハロー!」と言われて「ハロー!」と返す。
これが普通ではないでしょうか?

そんな感じで日常の会話が成立するようになっていきます。
あえて説明するなら、英語で聞いて、英語で考えて、英語で答えるって感じです。

それと平行して私のような根がバーテンな男の場合、
アメリカで暮らせばアメリカキャラ、オーストラリアで暮らせばオーストラリアキャラになり、言葉と一緒にその環境の中でスムーズにやっていくためのキャラを着るようになってしまいました。

アパートで寝転んで日本語放送を見ているときは、タバコをふかして「しょーもない」「アホか」と虚しいツッコミをいれ、外出して映画館に行くとコーラ飲んでポップコーン食って「Yeah!」です。
日本ではカチンときていたような店員さんの不手際も、アメリカキャラの自分は寛大に受け止めたりします。

これ英語で attitude といいます。
学校で「態度」と習った「アチチュード」です。
もちろん「態度」という意味はありますが、ここでいう attitude は、日本語のキャラです。

そもそも日本語のキャラは、英語のキャラクターから来ていると思いますが、その話は置いておいて...

アメリカにはアメリカの、オーストラリアにはオーストラリアの好まれる attitude があり、自分なりのアンテナで感じたキャラを着るようになりました。
過去ログ「歌えばいいじゃん!」で書いたことなどは典型的なアメリカキャラを着た私。

それが良いことなのか、悪いことなのかは今でもわかりません。
今後数回に分けて考えてみようと思います。

2007年11月 6日

ルーズベルト・アイランド

ちょっと調べてみましたところ、いまやルーズベルト島は住宅地なんですね!?
そういえば将来的に住宅地になる計画だと聞いたことがありました。
完全に忘れておりました。 m(_ _)m

私がいた頃はとても不思議な場所で、廃虚地とでもいいましょうか...意味不明な場所でした。
昔病院があったと聞いていましたが、私の友人の間でそれ以上の情報を持っている人はいませんでした。

ただ写真のトラムが好きで友人が来ると決まって乗りました。

マンハッタン、ルーズベルト島間のトラム

クイーンズボロブリッジと併走していて、わずか数分で島に到着してしまいます。
その数分で終わるところが大のお気に入りでした。
島では何もせず、友人にも「何もないところだから」とトラムを降りた後すぐに戻りの切符を購入し、次の運行を待ちました。

住宅地だということは、このトラムも今では景色を楽しめないほど混むのでしょうか?

2007年11月 5日

謝罪にも文化の違い!?

このところ、ニュースを見ていますとやたら企業の代表者が頭を下げています。

今日のテレビ番組で1冊の本を紹介しておりました。
日本と欧米の謝罪に関する文化の違いについて書かれた本だとか...
その本には「欧米では他人に対して謝罪する気持ちはなく、神様に許しを請うための行為である」というようなことが書かれているそうです。

私はこれに同意できませんので、自分が見た範囲で思うところを書いてみたいと思います。

欧米では「誤解」と「謝罪」を区別しているように思います。
「誤解」にたいしては「説明」をします。
一方「謝罪」は本当に「自分」(=個人)が悪いと認めた場合に行われるのかも知れません。

日本では「誤解」に対しても「誤解を生むようなことになってしまい申し訳ない」と「謝罪」するところがあります。
欧米のように「誤解」にたいして「説明」を行うと、これを言い訳として捉えマイナス色が濃くなります。

企業の場合、簡単に自分たちの非を認めるわけにはいかない点は日本も欧米も同じです。
しかし、実際には対応に違いがあります。

アメリカの話...
マクドナルドは、コーヒーが熱かったと告訴され、数億円の賠償金を支払ったことがありますが、そこに謝罪の気持ちがあったかは多くの人たちにはわかりません。
企業にとっての謝罪とは賠償金を支払うことという見方もあると思います。
要は欧米では賠償金を支払う(=社会的ペナルティを受ける)ことで、許されるところがあり、謝罪行為より責任のとり方が問われる文化になっていると思います。

日本の場合、代表者が頭を下げるという行為が重要視され、その謝罪行為が人々の心を打つものであればそれだけで許されてしまうところがあります。

そこに文化の違いがあり、「欧米の企業は謝罪しない」というのは日本の文化を尺にした一方的な見方であり、間違いではないでしょうか?

さて、個人の場合ですが...
個人は謝罪しますよ、普通に。
私が見たテレビ番組の解釈に問題があるのかもしれませんが...
先述の本のように、他人に対して申し訳ない気持ちはないというのは大きな間違いです。

神に許しを請うのは「懺悔」であり、「謝罪」ではありません。
私が知る限り、それぞれが存在しています。

2007年11月 4日

ブルックリン・ブリッジ

個人的に今まで実物を見た橋の中では一番美しいと思っています。
ブルックリンブリッジ。

フジテレビのニューヨーク駐在員は佐野さんに代わったみたいですね。
先日めざましテレビで出ておりました。

その佐野さん、ブルックリンブリッジの上でジョギングしているニューヨーカーに「友達がほしい」なんてマイク持って話しかけておりました。
ご覧になった方いらっしゃいますでしょうか?
こんな場所 ↓ です。

ブルックリン・ブリッジの徒歩用デッキ

ブルックリンブリッジは徒歩用のデッキがあって、その下がクルマ、その下が電車と3層になっています。
晴れた日に徒歩用のデッキを散歩するのはとても気持ちいいです。
一度日本から来た友人と一緒に「冬」に渡ったことがありますが、私たち以外は誰もおらず(あれだけのスペースに他人がいないというのもなかなかできない体験でした)、真ん中で引き返しました。

デッキの下をすごい数のクルマが走っていますので、実はすごく一酸化炭素な状況だと思われます。
ジョギングをしているニューヨーカーたちには、くれぐれも健康にご注意ください。
m(_ _)m

2007年11月 3日

タヴァーン・オン・ザ・グリーン

夜景スポットをひとつ。

タヴァーン・オン・ザ・グリーン

セントラルパークウエストの67丁目にあるレストランですが、今の時季のライトアップはとっても素敵です。
私の好きな映画「ステラ」(ベットミドラー主演)にも登場していました。
泣ける場面でした。

ちなみに、私はここのレストランで食事をしたことがありません。
近くに住んでいたので夜タクシーで前を通るときに、ここのライトアップにはずいぶん癒されました。

今度ニューヨークに行くときには、ここで食事して、ライトアップに何度も感動したことを伝えようと思います。

2007年11月 2日

日本から持っていくお土産

このブログに何度も登場していただいている「階下の女性」は当時独身でしたが、今は中学生の娘を持つ母となり、ペンシルバニアに購入した戸建で暮らしています。

2000年にニューヨークに行ったときには彼女のリクエストにより、ポケモングッズをお土産にしました。
当時小学校低学年だった娘に喜んでもらおうと、学校に持っていけるものからチョイスし、ノート、鉛筆、消しゴムなど実用的な小物をたくさん持っていきました。

多分彼女は学校でしばらくヒーローになれたことでしょう。
何しろ日本語が書かれたポケモングッズを持った同級生はいなかったはずです。

しばらくして...

去年はじめごろだったと思います。
階下の女性の娘から突然に荷物が届きました。
中身はあえて書きませんが、彼女が自分の小遣いで買ったんだろうなと思わせるものが数点入っていました。

早速礼のメールを入れました。

すると...

「お返しに欲しいものがあるらしい」と階下の女性から返事がありました。
「アニマが欲しい」というのです。

電話なら「何それ?」と簡単に訊けますが、メールだと一往復しないと答えが返ってきません。
それも面倒だと思い、じっくりと考えてみました。
「アニマって何だ?」

「アニメか!?」

娘と友達の間では「ANIME」を「アニマ」と発音するのでしょう。
「E」は「アに近いエ」ですから。

で、アニメのことを知らない階下の女性は「ANIMA」と綴ったに違いないと思いました。

メールは「もうポケモンの歳じゃないよね。どんなのがいいの?」と返しましたところ、「ポケモンは卒業したわ。もうちょっと年齢が高い子向けのもので、特に希望はないそうよ。」ということでした。

ちなみに「ポケモン」は「ポキモン」と発音するようです。
「E」だから「ポカモン」かと思いきや...

私は特にアニメの趣味があるわけでもないので、何がいいのやらよくわからず、ストレートにコミック本か?と楽天ブックスでそれっぽいものを検索してみました。

「交響詩篇エウレカセブン」というものを、当然ストーリーもわからぬまま1巻~3巻購入し、届いたときに一応中身をパラパラ確認したうえで送ってあげました。

10日ほどして、階下の女性からメールが来ました。
そこには、娘がとても喜んだこと、友人を家に連れてきて自慢げに見せヒーローになったこと、あの本で日本語を勉強すると言っている、などなどこちらが恐縮してしまうほどの喜びが綴られていました。

日本のアニメってすごいですね。

子供がいる家庭へのお土産にはアニメグッズが喜ばれますよ♪

2007年11月 1日

シンプソンズ

日本に「サザエさん」があるように、アメリカには「The Simpsons」があります。
アメリカの平均的家庭の日常を切り取り、かなりコミカルにしたアニメ(あちらではカトゥーン)です。

さて、日本で暮らしている外国人の方に「私はサザエさんで日本語の勉強をした」というかたが結構いらっしゃいます。
登場人物は正しく話しますし、日本のしきたりなども盛り込んでいますから納得です。

ところが、シンプソンズはかなりキャラ優先の話し方をしますし、訛りのひどいインド人は出てくるし、結局最初から最後まで完璧に理解できたことはありませんでした。

そもそもあのアニメで学んだ言葉をそのまま話したら...
日本で外国人がクレヨンしんちゃんの話し方をするようなもの...

そうか!

「シンプソンズ」は「クレヨンしんちゃん」だったんだ!

調べてみるとクレヨンしんちゃんは1992年4月13日より放送とのこと。
当時は当然知らなかったわけでした。

とすると、英語の勉強になるテレビ番組はなんでしょう?
オプラ・ウィンフリー・ショーですかね。

これからアメリカに渡る方は「オプラ」という名前を覚えておいてください。