2007年10月31日

ハロウィン

ハロウィンについて別の記事で書いた気がしたので探してみたのですが、見当たりません。
もし、読んでいただいたことだったらごめんなさい。 m(_ _)m

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

すっかり日本の年中行事になってしまった「ハロウィン」ですが、私は渡米するまで知りませんでした。
20歳前後の人たちは昔からあったものとして普通に受け入れているかもしれませんが、私にとっては新参イベントです。
ですが正直言って、今でもハロウィンが何なのか知らないままです。

渡米前当時の私の生活範囲の中には「ハロウィン」なるものは存在せず、~もしかしたらソニープラザあたりでは紹介されていたかもしれませんね~、10月末といえばもうクリスマスに向けて下準備を始めねばならず、他のイベントにうつつをぬかしている場合ではありませんでした。

クリスマスに十万円使う大学生はザラの時代でした。

それはさておき、私がニューヨークで最初に迎えたハロウィンは渡米後2ヶ月でやってきて、言葉も文化も何も理解していないときだったのでお店にかぼちゃが並び始めたときも「変なキャラクターが流行りだしたんだな。かわいくねぇ~っ」なんて思っていました。

後にハロウィンについて、このようなことを教えられました。
1.かぼちゃをくりぬいて顔を作る
2.子供にキャンディーをあげる
3.仮装してパーティーに参加する

どうしてもこの意味、話がつながらず、私にとっては「どうでもいいこと」になってしまいました。
当日は家で過ごし、街の様子を見ることもありませんでした。

翌年の10月31日...

夜8時くらいだったでしょうか、寝転んでテレビを見ているとドアをノックする音が...
私はセンターロックを解除した覚えはないので、誰かのお客さまが間違って私の部屋をノックしたんだと思いました。

すると...

子供がなにやらドアの向こうで言っています。
子供の友達はいませんでしたので、子供英語はさっぱりわかりませんでした。

ドアののぞき窓から見ると、変な帽子らしきものが3つ。

不審に思いドアを開けると、
顔に変なメイクをし、かなり変わった帽子をかぶり、マントを着た子供が3人...
「dfvgbんmk!」

何か言っています。
私があっけにとられているともう一度
「sxdcfvgbhんjm!」

さっぱりわからず、「家に帰りなさい」と言ってドアを閉めました。

翌日階下の女性に電話しました。
「昨夜変な子供が来たけど、そっちには来なかった?」 ←超まじめな口調で。
「ワハハハハハハ!」
「何?」
「それでどうしたの?」
「家に帰れって言ったよ」
「ワハハハハハハ!」
「...。」
「キャンディーをあげなきゃ」
「え?」
「ハロウィンの日には子供が仮装して近所を回るのよ。で、キャンディーをあげるの」

 ...仮装するのはクラブに行く若い男女だけだったんじゃないのか?????

私はどうも意味がわからず、彼女にワハハ笑いされたこともあり、それ以上詳しく訊こうとしませんでした。
ただ、子供たちに悪いことをしたなという気持ちだけはあったので、翌年はキャンディーを用意しておこうと思っていました。

実際、翌年は私が外出していて留守だったので子供たちに会うことはありませんでした。
ちょっと心残りです。

このままハロウィンをわからないものとして放置してはいけないとネット検索...
やっぱりよくわかりません。
収穫祭なんだけど、歴史とともに変化してきて、こうなったってことのようですが、現場を経験していない私にはその変化についていけず、結局ありのままを考えずに受け入れるのが良さそうです。

2007年10月30日

ロックフェラーセンター

ロックフェラーセンターといえばやっぱりこれですよね。

ロックフェラーセンターのクリスマスツリー

このクリスマスツリーを見に行く予定の方、特にニューヨークは初めてという方に...

まず、観光の方は5番街をブラブラすると思いますので、ロックフェラーセンターの場所はすぐにわかると思います。
夕暮れ時にその辺にいれば問題ありませんが、一度ホテルに戻って日が暮れてから出直す場合、そして徒歩では行けない場所にお泊りの場合、タクシーを使いますよね、きっと。
地下鉄の駅で「ロックフェラーセンター」がありますが、タクシーをおすすめします。

私の失敗談ですが...
タクシーに乗って、思いっきり「ロックフェラーセンター」と言ったら3回ほど訊き直されて全然通じませんでした。
カタカナでそれっぽく書いて「ゥロッカフェラセンター」だと多分通じます。

で、タクシーを降りる場所は5番街が理想的ですが、気の利かないドライバーに当たった場合、あまりムーディーじゃない場所で降ろされます。
もし、最初に目にする光景が上の写真のようでありたいとお考えでしたら、ドライバーにこう言いましょう。
「50th and Fifth, please.」
 ...うっ、もっと発音難しい m(_ _)m
セントパトリック教会が良いかも知れません。

あと、ツリーの根元まで近づくと、多分あなたの視界には「紀伊国屋書店」が入ってくるでしょう。
外国気分ぶち壊しかも知れませんが、そこにあるものはしかたありません。
あるということを知っているのといないのとでは気分も違うと思いますので、「ツリーの根元から紀伊国屋書店を探そう!」なんて感じでポジティヴに転換されてみてはいかがでしょうか?

それに耐えられないかも...とお感じの方は5番街からスケートリンク越しにツリーを眺めて終わっておきましょう。
そのかわりにクルっとUターンしてセントパトリック教会、サックスフィフスアベニューのウインドウで盛り上がれると思いますよ。

2007年10月29日

家賃の値上げ

ニューヨークのアパートの家賃は契約更新ごとに5%~10%値上げされます。
契約は2年が一般的なようですが、独身者が借りる場合これを満了するケースは少ないようです。

このごろは聞かれなくなりましたが、日本でも私が大学生で一人暮らしだったころは契約更新時に家賃が値上げされるのは当たり前のことでした。
ところが、バブルが崩壊して、帰国して以来、入居したアパートの家賃が値上げされたことは一度もありません。
そうなると、以前は当たり前と思っていたことが「何で?」と腑に落ちなくなるのは、我ながらおかしなものです。

本来世の常として、新品は中古より高くて当たり前です。(プレミア云々という話は抜きで)
ですから、住んでいるうちに年月が経ち、中古度が増すわけですから、契約更新時に家賃が安くなっていくのが本来あるべき姿ではないでしょうか?

で、ある程度古くなってきて、空室ができたらリフォームして家賃を値上げする。
これなら、借りる側としてもリフォーム済み第1号ということで、建物自体が古くても高めの家賃にも納得すると思うのですが...

でも実際には内部事情が色々あるのかもしれませんね。

さて、ニューヨークの場合は築100年以上の物件がたくさんあり、そんな超中古物件でも普通に家賃は上がっていきます。
私のアパートも超中古物件でしたが、更新時に提示された金額は5%アップでした。

ですが、値上げ幅には交渉の余地があることを知っているほうが得をします。
家主さんが管理人である場合、契約更新の3ヶ月前くらいに「今度からいくらになるの?」と確認するとその場で大体の線を言ってくれます。
「5%アップの1,050ドルです。」
 ...といった具合に。
その場で、「何とか1,025ドルくらいにしてもらえないか?」とお願いしておくと、場合によっては即OKです。
くれぐれも契約書が手渡される前に交渉しましょう。

「それはちょっと難しい」
という答えだったら、オーナーが所有するほかの物件で何かないか?を確認しましょう。
場合によっては、同じ部屋数、似た間取りで今の家賃より安くなることもあります。
私はこちらでした。

しかも同じオーナーの物件内での移動のため、敷金、礼金的なお金は不要でした。

2007年10月28日

グッゲンハイム美術館

ニューヨークにはたくさんの美術館、博物館があり、有名どころは一通り見て回りましたが、私が一番好きなのはグッゲンハイムです。

グッゲンハイム美術館外観

春、夏、秋と年3回のペースで見に行っていました。

理由は、私のアパートから散歩にちょうど良かったからです。(笑)

私のアパートは85丁目のウエストサイドでしたので、セントラルパークを横切るだけで到着しました。
横切るといいましてもブラブラすると結構な時間がかかってしまいますので、本気モードで歩きました。
言い換えるとグッゲンハイムには休憩に立ち寄る感じでした。
m(_ _)m

入館料を払ってまずエレベータに乗ります。
一番上で降りて、グルグルとラセンのスロープを美術品を見ながら降りてきます。

グッゲンハイム美術館内観

自分が好きか、嫌いかという極めて短絡的な基準で絵画を流し見します。
中には足を止める作品もありましたが、誰の何という作品か...とチェックして覚えておくほど美術に興味をもてませんでしたので、今思うともったいなかったです。

じゃあ、何で美術館だったのか...
それは、私はグッゲンハイム美術館を建築物として好きだったからです。
あの建物自体が芸術作品で、館内のピンと張った空気がまた格別でした。

とにかくニューヨークは雑音が多すぎて落ち着かなくて、外を歩くときは気を張っていなければならず、心底リラックスできる場所があまりありません。
グッゲンハイムは静かだし、犯罪に巻き込まれる心配もほとんどありませんし、最高でした。

2007年10月27日

意外!?「かわいい」は要注意です。

男性諸兄には大切なお話をひとつ。

社会生活をしていますと、人を褒める場面があると思います。

「郷に入れば郷に従え」です。
普段は「恥ずかしくてそんなこと言えるか!」と日本男児を決め込んでいる人も、西洋社会で上手くやっていくには、女性を上手く褒めることも必要です。

日本人女性はいくつになっても「かわいい」と言われることに悪い気はしないと思います。
この「かわいい」を英語で "cute" だと思ってはいけないようです。

これは、私の失敗談ですが...

ろくに英語が話せなかった頃で、どういう背景だったかはまったく覚えていません。

私は階下の女性に "You are so cute." と、お世辞を言いました。
彼女もお世辞で言ってるとわかるような場面だったと思います。

「え?かわいいですって?」 ←明らかにトーンダウンしています。
「うん。」
「...。」
「...。」
「katz、アメリカ女性は cute と言われるのは嬉しくないのよ。」

 ...ヤバイ。

「え?どうして?」
「cute っていうのは動物なんかに対して使う言葉よ。」
「へえ...」
「洋服とか身に着けるものや、雑貨を cute というときは、イマイチというニュアンスを含んでいるわ。やわらかい否定で使うの。」
「そうなんだ。知らなかったよ。ごめんね。日本では違うんだ。」
「ビューティフル、ゴージャス、ナイス... 色々あるけど、cute は使わないほうがいいわ。」

こんなことを教えてくれるなんて、感謝以外の何でもありません。
普通は多少気を悪くしても聞き流すところだと思うので、あのとき聞き流されていたら私は知らぬままだったでしょう。

その後私は日常の中でよく観察してみました。

彼女の言ったとおりでした。
どうやら日本語の「かわいい」は英語では "beautiful" のようです。
赤ちゃんや、子供にはつい "cute" と言ってしまいそうになりますが、"gorgeous" や "like an angel" が一般的です。

でも、日本で生活している外国人女性に日本語で「かわいい」と言うのは全然OKだと思います。

2007年10月26日

ホールドアップ!

友人Mくんと私は、渡米前にしていた三軒茶屋のレンタルビデオ店のバイト仲間でした。
私はバイトを辞めて渡米、Mくんは卒業を機に1年間のアメリカ留学を選びました。
時間的に私の渡米のほうが半年早かったので、Mくんはカリフォルニアの田舎町へ行く前に私に会いに来てくれました。

映画でよく観たニューヨークを実際に見て歩きたかった。
東海岸から西海岸まで、いわゆるコースト・トゥ・コーストのバス旅行がしたかった。
そして、知人がアメリカで暮らしている現状を見てみたかった。
...のだと思います。

ニューヨークには3泊程度の短い滞在でしたが、二人でバイト中によく観た映画の撮影場所なんかを中心に案内してまわりました。

先に書きましたが、Mくんはカリフォルニアへの移動手段をバスで計画しました。
~1年後彼は自らのドライブで2度目のコースト・トゥ・コースト(しかも往復!)をしました~

そんなわけで、私はMくんをポートオーソリティバスターミナルまで見送りました。
チケットを受け取った後「ここでいい」という彼に「じゃあ、がんばって」と別れを告げて私は帰路につきました。

実はその後、彼は犯罪大国アメリカの洗礼を受けることになりました。

このバスターミナルはとてつもなく大きく、一日の利用者数は200,000人と言われています。
のり場の数も果てしなくあります。

Mくんは自分のバスのり場を探しながら向かいました。
すると一人の男が近寄ってきて...
「○×へ行くのか?」
「もう出発するから急いで!」
「早く!こっちだ!」
と非常にあわてた様子。

Mくんは言われるままに彼の後を走りました。

気がつくと彼は袋小路に追い込まれていました。
ヤバイと思うまもなく刃物を突きつけられ、ポケットに入っていたお金のすべてを盗られてしまいました。

「ほかにもあるだろ!」という男に、「それがすべてだ」と言いました。
普通こういう場面では持ち金のすべてを盗られるものですが、リュックサックを背負ったいかにも学生な姿が効果的だったのでしょう。
男は手にした現金だけを持ってその場を立ち去りました。

実はMくん、リュックサックの中に多額の現金を持っておりました。
これから新しい生活をはじめるわけですから、それ相応の額をもっていたそうです。
もし男がリュックサックの中までチェックしていたら...と考えると恐ろしくてたまりません。
多くのアメリカ人は騙されたり、裏切られたりすると自分の立場に関係なく逆上しやすくなりますので、お金目的だったはずなのにカッとして "つい刺してしまう" なんてことがよくあるそうです。

後日、私はこの話を知り、バスに乗るところまで見送らなかった自分を責めました。
自分がニューヨークに来て1週間くらいのころどんなだったかを思いおこしていれば、当然バスまで送ったはずでした。

そして、犯人が突発的にMくんを選んだのではなく、ずっと私たち二人に目をつけてチャンスを伺っていたのではないか...と思うと腹が立って仕方ありませんでした。

2007年10月25日

普通じゃないマクドナルド

昨日のエントリーに私のロワーマンハッタン観光コースを書きましたが、その中にマクドナルドを入れておりました。

実はこのマクドナルド、すごいんです。
知っている人なら 160 Broadway でピンとくるはず。
ワールドトレードセンター跡地に程近いブロードウェイ沿いにあるのですが...

まず出迎えてくれるのはタキシードにシルクハットをかぶったドアマン。
お店に入るとピアノのBGM♪

音が聞こえるほうへ振り返ると入口上(中2階スペース)に小ぶりのグランドピアノが置いてあり、生演奏しています。

視線を壁に移すと、株価情報の流れる掲示板!(ウオール街が近いから?)

テーブルのサイズは同じだと思いますが、ここのテーブルの天板は大理石です。

当然もう20年近く前の話ですから、今では違う形に改装されているかもしれませんが、当時はそういうお店でした。
友人たちも「おぉ~」「すげぇ」と喜んでくれました。

外壁にはプレートがつけてあって、何と書いてあったか思い出せないのですが... まあ普通じゃないよってアピールが書かれておりました。

今の様子を知りたくてネット検索したのですが、変わっていないようです。
っていうか進化していました...
http://ameblo.jp/his-newyork/entry-10043675898.html

2007年10月24日

ピア17

イーストリバー沿いにあるショッピングセンターです。
敷地内にピーキング号という船が展示されています。

17埠頭に建てられたショッピングセンターが名前そのまま17埠頭になっているという、ペットの犬に「犬」と名付けるような荒業で、特筆すべきテナントショップがあるわけでもないのですが、ここでしか味わえない世界があります。

ピア17外観

そのおすすめは春~秋の昼間にテラスから見るブルックリンブリッジです。

冬は寒すぎます。
一度ここで雪化粧されたブルックリンブリッジを見たことがありますが、寒いし、よく見えないしでいまいちでした。

テラスには椅子が置いてありますので、フードコートでコーヒーなど買って、15分とかじっくり休むには最高です。

ブルックリンブリッジはとても美しく、ピア17からの距離感が個人的にベストだと思っています。
橋の全体が見えますし、ディテールも観察できます。

ピア17とブルックリンブリッジの位置関係

私がロワーマンハッタンを友人に案内するときはこういう行程でした。
バッテリーパーク⇒スタテンアイランドフェリー(往復)⇒ワールドファイナンシャルセンター⇒ワールドトレードセンター⇒センチュリー21(アウトレット)⇒マクドナルド⇒ウオールストリート⇒ピア17

2007年10月23日

エンパイア・ステイト・ビルディング

エンパイア・ステート・ビルディングの展望台は晴れた日の夕暮れ時に行ってみてください。
むちゃくちゃキレイです。

テラスを1周(何周していただいてもいいのですが...笑)できるようになっていて、つまり屋根のないところでフェンス越しにマンハッタンを見下ろせます。

ここでは昼間の写真をご紹介します。
私おすすめの夕暮れ時は是非ご自身で体験してください。

ダウンタウン、ロワマンハッタン側
エンパイアステイトビルディング展望台からダウンタウン方面を望む
当時はワールドトレードセンターのツインタワーがこのようにそびえ立っていました。

アップタウン側
エンパイアステイトビルディング展望台からアップタウン方面を望む
パンナムビル、クライスラービル(すみません。この写真には写ってないです。)、シティバンクなど有名なビルのほか、セントラルパークも見えます。

2007年10月22日

友人案内

私がニューヨークに滞在している間にたくさんの友人が私を訪ねてきてくれました。
とてもありがたいことです。

今朝ふと考えたのですが、友人たちは私の案内に満足してくれたでしょうか?

有名な景色を見せてあげると言ってはブルックリンブリッジを歩いて渡り(もちろん歩いて帰ってきました)、変わったマクドナルドがあるからと言っては連れて行き、ジャズを聴きに行こうぜとブルーノートに連れ出したり、俺が好きな公園と言ってリバーサイドパークへ...

今思い起こしても友人たちが何を見たかったのか、何をしたかったのか、どうしてニューヨークだったのか...
一切心当たりがありません。

多分会ってすぐに「どこ行きたい?何したい?」と訊いたと思うのですが、そのリクエスト以上に自分が見せたいものを優先したんじゃないかと今更ながら心配になってきました。

実はリバティアイランドに上陸したかったかもしれませんし、ハーレムを散策したかったかもしれません。
映画を観たかったかもしれません。

食事はバリエーションを持たせてあれこれ食べてもらったと思いますが、実は日本食レストランで野菜炒め定食を食べたかったかもしれません。

つまらない思いをさせていはいけないと、朝から夜まで付き合いましたが、実は放っておいてもらって自分の足で動きたいという気持ちがあったかもしれません。

そもそも友人たちから「ニューヨークに行く」と連絡をもらった時点で、私が勘違いして案内役にならなければならないと思い込んでいたのかも知れません。
彼らにしてみれば「一回メシでも食おうぜ」というニュアンスでの「ニューヨークに行く」だったのに、「着いてから帰るまで寝るとき以外ビッシリはりつきやがって...まあ、あいつも淋しいんだろうな。」ってことになってたのかもしれません。

根っからのおせっかいな田舎者です。
と、自己反省。

そういえば、あっちで知り合った日本人が転職して旅行社に入社したとき、私にこういいました。
「katzは絶対ガイドに向いてるって。やってみたら?仕事まわすよ。」
その人、見る目がなかったですね。(笑)

当時の私がツアーガイドになっていたら、問題おこしまくりでしたよ、きっと。

2007年10月21日

歯痛... どうする!?

海外で暮らしていて一番心細くなるのは病気をしたときだと思います。

風邪などの療法は誰にでもそれなりに知識があり、多少のことなら病院に行かないケースが多いと思いますが、歯ばかりはどうしようもありません。

私は海外生活中に一度だけ病院(?)に行きましたが、それが歯医者でした。
今回はその話を書きます。

ある夜、私は寝転んでテレビを見ながらハイチューを食べていました。
何味だったかは忘れました。 m(_ _)m

3個目だったでしょうか...
奥歯で噛んでいたら、ほんの一瞬歯の内部に空気が入ったようなスッとした感覚があり、詰め物が取れたと確信しました。
恐る恐る舌の先で該当箇所を触ってみると...
取れていません。

洗面所の鏡で確認します。
...取れていません。

「何だったんだろう? まいっか。」

私は反対側の奥歯を使って、ハイチューを食べきりました。

深夜2時頃、あまりの歯の痛みに目が覚めました。
熱もあるようです。

一気に不安のどん底です。
「自分の保険は歯もカバーされているのか?」
「どこの歯医者に行けばいいんだ?」
「症状をなんと説明すればいいんだ?」
「いくら必要なんだ?」
次々と湧き出る不安と痛み、そして熱にうなされながら朝を待ちました。

7時... もうそろそろ良かろうと階下の女性に電話しました。
なんとか自分の状態を理解してもらい、彼女はあちこち電話してくれました。
そして「大体どこの歯医者に行っても350ドルくらい必要らしいわ。」
高いとは聞いていましたが、まさか4万円もするなんて...
でもすぐにでも診てもらわないと痛くて寒くてたまりません。
彼女に「もっと安くすむ方法はないのだろうか?」と聞いてみると、
「やってみるわ」と一旦電話を切りました。
10分後...
「130ドルで今すぐやってくれるデンティストを見つけたわ。但し、応急処置だそうよ。あなたが帰国したときに日本の歯医者で正式な治療を受けないと駄目ですって。あと、領収書は出さないって。」
その時点でいつ帰国するなんてわかりませんでしたが、そのデンティストと予約してもらい、着替えて出かけました。

到着すると、普通の歯医者で、先生も人柄のよさそうな感じで一気に安心しました。

やはり詰め物は取れていました。
一瞬取れたものの、元の位置に上手く収まり、安定していたから外れずについていたそうです。
「むしろ外れていたほうが昨夜は寝れたかも」と先生。

治療はすぐに終わり、私は見る見るうちに回復しました。

数年後...
私は福岡にいました。
ずっと気になっていたニューヨークでの仮治療をやり直すため、会社の近くの歯医者に行きました。

私の奥歯に施された仮治療を診た先生は...
「なんこれ?」
...なんて言い方だ。こちとらこれで数年間生活してるっちゅうねん!
「どういう意味ですか?」
「ひどいねぇ。わけがわからん。」
「はぁ... あのぅ... 仮の処置をしておくから日本でちゃんと治療するように言われました。」
「仮っ? 意味がわからん。」
「お金もなかったし緊急で仕方なかったんです。」
「そう。これいくらだったの?」
「15000円くらいです」
「へぇ~っ。アメリカの歯医者はいいねえ。」
「...」

さて、私的にはOKだったんですけど、実はダメダメのことをしてしまったようです。
海外で生活する人は、歯の治療もカバーされた保険を選ぶことをおすすめします。
そして、保険があっても一時的に自分のお金を支払うことになるので、銀行口座に最低でも1000ドルくらいのお金を常にプールしておいたほうがいいと思います。

2007年10月20日

動物アレルギーの方は要注意です。

ニューヨーカーは犬好き、猫好きです。
どちらかというと犬好きのほうが多いように思います。

独身者が多いマンハッタンでは、動物を飼うというのはひとつのよりどころになるのでしょうか。

セントラルパークなど「パーク」と名のつくところに行くと犬を散歩させている人たちを見ることができます。
みなとてもおとなしく、よく調教されたように見え、日本の田舎で見られる野性味あふれる犬はほとんど見られません。
犬は英語が理解できるのか?と考えてしまうほどです。

後から知ったことですが、ほとんどが去勢手術を受けるためおとなしくなるそうです。

さて、そのペットたち...
当然家の中で飼われます。

動物アレルギーの方がアパートを借りる際には大変な問題です。
もしかしたらペットを飼っていなかったアパートを探すのは、日本でたばこを吸われていない中古車を探すより難しいかもしれません。(多分大袈裟)

住人が入れ替わるときに業者を使って徹底的に掃除されるアパートはほとんどなく、大抵はオーナーが自分たちで壁のペンキを塗りなおし、床にワックスをかけて、修繕箇所に手を入れて終わりです。

なので、動物アレルギーの方がペットがいたアパートを借りる場合、入居前にご自分で徹底的に掃除したほうがいいでしょう。
床全面カーペット仕様(高級な物件にありがち)は避けたほうが良いかもしれませんね。

オーナーに確認すれば、前の住人がペットを飼っていたかどうか教えてもらえると思いますが、その人自身は飼っていなくても恋人がよく連れてきていたりしますので、参考にならないでしょう。

2007年10月19日

デリのコーヒーとドーナツ

デリのコーヒーについては別のエントリーで書いたことがありますが、安いのでよく買いました。
家でドリップするよりは高いのでしょうが、作らなくていいし、後片付けも楽だし、何よりコーヒー豆やペーパーのストックを気にするのが嫌だったので、よく利用しました。

デリのコーヒーイメージ

甘党の私は、このコーヒーと一緒にドーナツを買いました。

先日書いたプレッツェル同様に、各デリが独自にドーナツを揚げているわけではなく、どこかの大きなベーカリー工場が一手に生産をしていて、各デリがそれらを販売しているものと思います。
ほとんどのデリでドーナツは販売され、シナモンロールと普通のドーナツ(ハニーディップ)が並んでいました。

どちらもコーヒーに良く合い、同じくらいのバランスで食べていましたが、帰国後懐かしく思ったのは普通のドーナツの方でした。
見た目はゲンコツより大きいのに持つと軽く、大きな口をあけてかぶりついても、噛むとわずかな量... それだけふわふわに膨れていたのです。
なので、1個では充分な満足感が得られず、そこが毎日くらいにリピートしてしまうポイントでした。

先日時間つぶしにミスタードーナツに入りました。
何でも新作が出来たとか... 名前は「リッチドーナツ」
シリーズになっていて、ハニーディップ、シュガーレイズド、チョコレート、ストロベリーミルク、キャラメルアーモンドというラインナップです。
リッチといいながら、高いものでも136円、特に私の目を引いたハニーディップは126円という値段にも好感が持てます。

で、最初に食べたのは「ハニーディップ」でした。
ニューヨークのデリに並んだ普通のドーナツそっくりだったからです。
食べて感激しました。
同時に食べ比べすれば全然違うものなのかもしれませんが、私の記憶の中のドーナツとは酷似した食感、味だったからです。

以降、ちょくちょくミスタードーナツに立ち寄るようになりました。
一通りリッチドーナツを食べてみた私的感想としましては、「ハニーディップ」と「キャラメルアーモンド」がおすすめです。
大きく見えて、実はすごく膨れているので2個食べても平気だと思います。

ニューヨークのデリくらいの値段でコーヒーとドーナツが楽しめるのなら毎日でも行きたいところですが、コーヒーが262円もする時点でムリです。
デリの場合、テーブルも椅子もありませんが、セットで200円を切る値段でしたから。

では、ミスタードーナツのリッチドーナツ「ハニーディップ」をHPから勝手に拝借して...

ミスタードーナツのリッチドーナツ「ハニーディップ」


10月20日 追記
今日もミスタードーナツのリッチドーナツ「ハニーディップ」を食べてきました。
よくよく味わってみましたら、ミスタードーナツは「ハニーディップ」というだけあって、濃厚な蜂蜜の味がしました。
ニューヨークのデリのドーナツは「シュガーディップ」です。
失礼いたしました。
m(_ _)m

2007年10月18日

追突事故

昨日亀田親子が記者会見を開いたことが大変な話題になっていて、ニュース、新聞を賑わしています。
世論は批判的であったり、同情的であったり、勝手にやっとけば...など様々のようです。

批判的な意見としては、
「まず内藤チャンピオンに謝罪するのが先だ」
「誠意が感じられない」
が圧倒的に多いようです。

一連の報道を見ていて、シドニーで追突事故に遭ったときのことを思い出しました。

それは日曜日の夕方のことでした。
私は仕事の関係でクルマで出かけ、一仕事終えてアパートに戻るところでした。
私のアパートはシドニーの繁華街「キングスクロス」にほど近く、市街地からのルートは色々あるものの、その日私はキングスクロス入口交差点を通過するコースを選んでいました。

シドニーでは渋滞などほとんどありませんが、その日私が選んだルートはそこそこ混んでいました。

キングスクロス入口交差点に差し掛かると、信号が赤になったので私は停止線のところで停止しました。
信号がまもなく青になろうかというとき、後ろにいたクルマが「コツン」と私のクルマに接触しました。

日ごろのストレスのせいもあったと思いますが、私は一瞬でクルマを降り、後ろのドライバーにこういいました。
「免許証を出せ!」
どこかで冷静な自分がいて、「いきなり免許証かよ!? 何で免許証? 免許証見てどうするの?」といっておりました。
そんな冷静な自分にも腹が立ち、もう一度大声で言いました。
「免許証を出せ!!」

そのクルマにはカンボジア人と思われるアジア系の父、母、小学生の息子の3人家族が乗っていて、そもそもクルマから降りようともしません。
あるいは降りたら私に殴られると身の危険を感じてのことだったかもしれません。

しかし、その態度が余計に私を腹立たせました。
「降りてこいよ!」と私が怒鳴ると、重い腰を上げ父が降りました。
心配そうな表情の母。

母の目は、昔見た難民の写真にそっくりで、冷静に考えれば私が停車しているところへ勝手にぶつけてきたわけですから完全に向こうが悪いはずなのに、私は自分がイジメをしている錯覚に陥りました。

そこで私は落ち着きを取り戻し、「とにかく免許証を見せてくれ」と頼むようにいいました。

ようやく父は財布から免許証を取り出し私に渡しました。
免許証を受け取ったものの、私は自分が何をしたかったのか、どうすればいいのかがわからなくなってしまい、とりあえず氏名、住所をノートに書きとめようと思いました。

名前を写していると、何で俺が書いてんだ?という思いが湧き上がり、父にこういいました。
「ここに住所書け!」
そして住所を書き始めた父に示談を持ちかけ、こういいました。
「ディーラーに持っていって点検する。問題なければ連絡しないが、お金がかかる修理が必要な場合はディーラーの請求書をそちらに送ってもらうから支払ってくれ。」

するとそれを聞いていた息子が私のクルマを指差してこういいました。
「ノーダメージ」
母も続いて「そうよ。ノーダメージじゃない!」とまるで私が父に銃口を突きつけているような錯覚に陥る表情でいいました。
そして住所を書き終えた父が「そうだ。そうだ。ノーダメージじゃないか!」

「点検してノーダメージだったら連絡しないといっただろ?」

ここで、後ろの渋滞が気になった私は自分のクルマを隅に寄せ、家族のクルマも隅に寄せさせ、以降のクルマが前進できるように誘導しました。

...すると

様子を見ながら進んでいく人たちが
「ノーダメージじゃないか。勘弁してやれよ。」
「何だノーダメージじゃん。つまんねぇ。」
などと私にいって行きました。

クルマを隅に寄せたものの、その必要がなかったことに気づき家族にいいました。
「もう行けよ」

父は私を恨めしく睨みつけながら去りました。

私はクルマに乗り込み、頭を整理しました。
自分の身体は何ともないし、クルマにも目立った外傷はなかった...
何に腹が立ったんだろう?

恐らく私が降りていったときに、父が「ソーリー」とそれなりの表情でいっていれば「気をつけろ!」くらいですんでいたはずでした。
結局最後まで謝罪の言葉なく、私を睨みつけて立ち去った父...

何気に父が書いた住所を見てみると...
「全く読めねぇーっ!!」
あきれ果てて笑うしかありませんでした。

ずっと忘れていたのに、亀田親子の会見を見て突然に思い出しました。

2007年10月17日

愛される警察官

何も悪いことなどしていないのに、パトカーを見るとドキっとしてしまい、なるべく警察官とは関わらず(むしろ会わず)に過ごしていたいと思っています。

つまり苦手なんです。警察というものが。

ところが、アメリカに行って「警察官のポジション」の違いに大変驚かされました。

アメリカの一般市民にとって警察官はアイドルなのです。
制服を着た警察官のことですよ。私服刑事のことはわかりません。
一般市民は「彼らのおかげで安心して生活できる」と感謝の気持ちを持っており、警察官にもなんら威圧的なところはなく、とても親切です。

オープンカフェで見ていると、通りを行く警察官に話しかける人の多さに驚きます。

ニューヨークのパトカーの色は青です。
さわやかな正義感を表す色で、町で見かけてもヤバイ気持ちにはなりません。

日本のパトカーもスカイブルーに白文字とかだったら良いのに...と思うのは私だけでしょうか?
スカイブルーにパトランプの赤が映えて素敵だと思うのですが...

さて、ニューヨークの場合、馬に乗った警察官がいます。
かっこいいです。
「一緒に写真とって」なんて話しかけても、気軽に応じてくれます。
ニューヨークに行くなら記念の1ショット、おすすめです。

今や日本も市町村がひらかな表記だったりする時代です。
警察もイメチェンしていいんじゃないでしょうか。

2007年10月16日

向かいのミュージシャン

アメリカのミュージシャンはみなカリフォルニアに住んでいるイメージ...なんて私は勝手にそう思っていました。ニューヨークはジャズのイメージで、ロックやR&Bはカリフォルニア、そんなイメージでした。

ところが実際にはニューヨークにはミュージシャンがウヨウヨいました。
渡米後に知ったことでしたが、日本でも名が知られているようなビッグネームの中にもニューヨークでアマチュア生活をしていた人は多く、成功するとあちこちに家を買い、カリフォルニアで過ごすことが多くなるためカリフォルニアのイメージが濃くなっているのでした。

で、そのニューヨークですが、とにかくミュージシャンが多いです。
私のアパートのブロックだけでも、1組バンドが共同生活していて、一人映画音楽的なものを作っている人がいました。

今回はその映画音楽的なミュージシャンのことを書きます。

私がアパートを借りて半年位した頃でしたでしょうか...
春になり外に出掛けるのが楽しくなってきた頃、彼は引っ越してきました。
彼が入居したアパートは歩道から半階下がった半地下の部屋(会社の事務所でした)、半階上がったところがメインエントランスというニューヨークではよくある設計でした。

彼はメインエントランス脇の部屋に入居しました。
半階上がるための階段の脇には彼の部屋の大きな窓があり、この窓は高さが2m以上ある、いわゆる「はきだし」の両開き窓でバルコニーがついていました。

彼はこのバルコニーを自分専用のステージとして使いました。
窓の近くにシンセサイザー数台とマッキントッシュをセットアップして、窓を開け放ち、大音量で作曲活動に勤しんでおりました。

通りを歩く人の目線で見ると、ちょっと見上げる位置に、窓を開けて、風で揺れるカーテンの向こうで男性がシンセサイザーを弾いている光景です。
狙ったとしかいいようがない、彼にとっては完璧なロケーションでした。

彼はふわふわでウエイビーなダークヘアを肩まで伸ばし、王子様キャラでした。
冬以外はいつもジーンズとシャツ1枚で、前のボタンを3つ、4つ開けているタイプでした。
そして長袖を2回くらい折っていました。

彼は自分の音楽に陶酔し、カーテンの揺れる向こうで、自分の髪の毛も揺らしておりました。
とにかく大音量で遠慮なしにやるものですから、このブロックではすぐに彼のことが話題になりました。
「なんだあのカッコマンは?うるさいったらありゃしない」
大方の見方はこういったものでした。

そのうち彼はシンセサイザーを弾く手を休めるときにはバルコニーに出て、前を歩く女性に声をかけるようになりました。
反面、私のアパートにいた老人が彼と交流を持とうとバルコニー下で大声で歌いだしたとき、彼が無視を決め込んだことを私は見てしまいました。
彼に声をかけられた女性たちから、彼に関する色んな情報がブロックで知れ渡るようになりました。

一人暮らしで彼女らしき存在もなかったので、私は彼のことをゲイだと決めつけておりました。
ゲイだからどうこうということではなく、突然バルコニーに出てきて発声練習をしたりする彼に対して否定的だったので、そういった否定的感情を「ゲイ」と一言で片付けておりました。
だからゲイじゃなくて、「胸毛」でも良かったですし、「王子」でも良かったのですが、まあ勝手につけるあだ名なんてそんなものですよね。

そのうちに彼は前を歩く女性に声をかけるだけでは飽き足らず、アパートに招き入れ、自分の音楽を聞かせるようになりました。
すると、それまで否定的なことをいっていた女性たちが手のひらを返すように彼のファンになっていきました。
夏にはすっかりブロックの有名人。

神様っていじわる!

2007年10月15日

一年で一番体感的に寒いのは?

私が体験した範囲でのお話ですが、冬寒いニューヨークで一番寒いのはいつでしょう?

日本だと2月と一般的に言われますよね。

ニューヨークはクリスマスから元旦までの約1週間が体感的に1年で最も寒い時期です。

日本でも大変有名なニューヨークのクリスマスイルミネーションを見ようとクリスマスを挟んで5日ほど滞在すると、一番の寒さを体験することになります。

クリスマスイルミネーション自体は12月初めには完成されていますので、本当はなるべく早いうちに見に行くほうがいいのですが、学生も社会人も難しいですね。
大学生でも中旬くらいからになることと思います。

私は仕事で2000年12月中旬にニューヨークに行きましたが、まだ我慢できる寒さでした。

生活していた頃は、この1週間はできる限りアパートから出ないようにしていました。
何しろ僅か数百メートルしか離れていない郵便局に行くだけで、凍えました。
以前に書きましたが、お腹が空いた状態ではとても耐えられませんでした。

この寒さが活かせるのは、スーパーでアイスクリームを買ってアパートに帰る途中に少々寄り道してもアイスクリームが溶けないくらいのものです。

元日をすぎると、寒いことに変わりはないのですが、何となく空気がやわらかくなるように思います。

2007年10月14日

袋の中身

ニューヨークの町を歩いていると、ごく稀にですが茶色い紙袋の中にビン、缶を入れて何やら飲んでいる人を目にすることがあります。

その人とはなるべく関わり合わないようにしましょう。

アルコール飲料を飲んでいるので、酔っ払っている可能性が高いです。
話しかけられても、言いがかりをつけられても足早に立ち去りましょう。

欧米文化圏ではわりと一般的ですが、外でアルコール飲料を飲んではいけないことになっていて、見つかると罰金を課せられます。
外国人だとか、知らなかったとかは通用しませんので、旅行の際にはご注意ください。
もちろんアウトサイドカフェで飲むのは問題ありません。

アルコール飲料を飲んでいることがばれないように、紙袋の中に入れて偽装しているわけですが...
コーラを飲むのにわざわざそんなことをする人もいませんので、紙袋に入れたものを飲んでいる人を見たら、アルコール飲料を飲んでいると思って間違いないです。

ニューヨークで私が見た例では、白人が圧倒的に多く、その多くはアルコール依存症らしいです。
気をつけましょう。

2007年10月13日

プレッツェル

屋台で売られているプレッツェルは、個人的に落差ナンバー1です。
残念ながら実はまずいって意味ですけどね。

なんて、いきなり毒舌でスタートしてしまいましたが、ほんとおいしそうに見えるんですよ。

まずスナック菓子のプレッツェルみたいにパリパリではなさそうだと想像がつきます。
むしろそれは密度の高い素朴系のパンのような食感を思わせ、表側の表面には粗塩がふられているわけです。
おいしそうじゃないですか!?

でもその場で購入を即決させない妙なオーラがあり、安く、簡単に入手できるのになぜか距離を置いてしまいます。
そしていつまでも「おいしそうだな~」と横目で見る日々を送ることになります。

知人の誰もが「あれはまずいよ」「試す価値もないよ」「絶対に買うな」などと、いいことはひとつも言いません。
それだけ言われてしまうと、「いやいや、自分の口には合うかもしれない」という天邪鬼な考えも浮かばなくなります。

しかし人間は一度その禁断の食物を口にせずにはいられない衝動に駆られると、もうどうしようもないことは太古の昔から変わらないようで、ある日私はついに屋台でプレッツェルを買っていました。

口に入るサイズにちぎって一口...
「まずっ!」
「っていうかショッパ!」
半端じゃない塩辛さでしたので、思わず表側面に付着したチャームポイントであるはずの粗塩をすべて取り去り再チャレンジ...
「...ん~、食べられるけどまずいなぁ」
「っていうか、これ鹿のエサ?」

それはパンとは似て非なるものでした。

しばらくして、私は人生2個目のプレッツェルを手にしていました。
あのときのプレッツェル体験で「もう二度と食べることはないだろう」と決めていたはずなのに、やはり屋台で売られているプレッツェルはおいしそうに見えて仕方ありませんでした。
「あのときのプレッツェルはまずかったけど、この屋台のものはおいしいんじゃないか?」
そう思うと、もう一度試さずにはいられなくなり...

そして私はおいしそうなプレッツェルを一口分ちぎって口に入れました。
「ゲェ~ッ!まずっ!」
「っていうか、まったく同じ味じゃん!」
今思えば当たり前のことですが、世間知らずはこういう場面で損をします。

屋台それぞれが自前でプレッツェルを作っているはずがなく、どっかの工場で作られたものをみんなが仕入れて販売しているわけで、味は軒並み同じです。

さすがに2度失敗するとそこから教訓を得ます。
"プレッツェルはまずい"

ぜひお試しあれ!(笑)

2007年10月12日

コニーアイランド

移動遊園地なのか...はたまたマジ遊園地なのか...
そもそもコニーアイランドってアイランドなの? 遊園地なの?

映画でも見たことがあるコニーアイランドですが、とにかく行ってみないと何もわかりません。
何度も書いていますが、当時はインターネットがありませんでしたから調べるくらいなら行ってみた方が早いという考え方もあった時代です。

そんなわけで電車に乗ってコニーアイランドへ行ってみたときのことを書きます。

コニーアイランドは、島ではなく半島でしたが、もともとは島だったそうです。
そのなごりで今でもコニーアイランドだそうです。
よってコニーアイランドとはこのエリアを指す名称で、遊園地の名称ではありませんでした。
遊園地の名称はわかりませんでした。

じゃあ、遊園地のほかに何があるの? といいますと...
ビーチですね。
で、そのビーチの名称は...わかりませんでした。

わからないばかりでしたが、どうしてみんなが「コニーアイランドに行こう!」とか「コニーアイランドに行ってきた」というのかはよくわかりました。他に表現のしようがなかったのです。
例えば遊園地の名前が「花やしき」だったとして、その名称が市民に定着していたら「花やしきに行こう!」とか「花やしきに行ってきた」と言うでしょうし...
ビーチの名前が「ゴールドコースト」だったとして、その名称が市民に定着していたら「ゴールドコーストに行こう!」とか「ゴールドコーストに行ってきた」と言うでしょう。

それよりもむしろあのエリア一体がひとつの目的地として、コニーアイランドとして市民に定着しちゃったってことなんでしょうね。
駅の名前からしてコニーアイランドですし、日本でも「神宮前」じゃなくて「原宿」なわけですから、そんなようなものだったわけです。

ところで、遊園地は冬の間は休園となります。
そりゃそうです。
ニューヨークの冬、しかもビーチ脇の遊園地なんてとても寒くて楽しめません。

私が出かけたのは、秋の終わり~冬の始まりの頃でしたので、遊園地は休園しており、ビーチにはだれもいない...ものっすごく寂しく、町全体が灰色だった記憶があります。
道行く人もおらず、風も冷たかったです。

よって、滞在時間は30分なかったと思います。
もちろんビーチには行ってません。
行っていれば看板があって、ビーチの名前くらいはわかったかもしれませんね。 今思えば...ですが。

ただ行って、帰ってきた。
それだけでしたが、そうしなければ疑問が解けない時代でした。

2007年10月11日

NYUグッズ

それがイケてるのか、イケてないのかは別としてニューヨークのお土産のご提案です。

アメリカ映画を観ていると時々俳優が胸にNYUとプリントされたトレーナーを着ています。
NYUというのは New York University の頭文字をとったもので、ニューヨーク大学自身が積極的に使用していて、大学のビルのはNYUと書かれた旗が掲げられています。
ニューヨーク大学にはその立地上、大学らしいキャンバスがありません。
ワシントンスクエア(公園です)周辺のビルの大半は大学のものなので、そうと知らずにワシントンスクエアを訪れた方は自分が大学のド真中にいるとは全く気付かないことでしょう。

さて、ワシントンスクエアの東側(公園内でアップタウン方向を向いて右手側)の建物の1階に大学の売店があります。
余談ですが、西側にはジャズクラブの Blue Note があり、その隣のタイ料理屋さんは値段がリーズナブルで、味も日本人の口に合うと思います。アイスミルクティは個性的な優しい味です。
話を戻して... 大学の売店は観光客も入れます。
ここではいろんなNYUグッズが販売されていて、お勧めはTシャツ、トレーナー、キャップなどの衣類です。

私も在学中にトレーナーを一着買って、今でもちょくちょく着ています。
税金を含めても20ドルちょっとで、決して安くはないですがリーズナブル、その耐久性の高さは私が実証済みです。プリント部分の割れなんかも全くありません。
~ロゴがアップリケになった高いバージョンもありますが、メーカーが違うので耐久性のことはわかりません~

安い版はお土産としてはおすすめです。
長持ちするので、自分用の「思い出」としてはきっちりと責任を果たしますよ。

例えば、映画「恋人たちの予感」でビリークリスタル演じるハリーも着ていました...
って微妙ですね。

でも当時メグライアンにやられた男性諸君にはわかるはず!

2007年10月10日

デリの冷蔵庫

日本のコンビニのジュースが並んだ冷蔵庫。
大体何が売っていて、自分が欲しいものは何かってわかってますから、あまりドキドキすることはないかもしれませんね。

しか~し!
想像してみてください。
自分が初めて見るジュースばかりがズラーって並んでいたら...
無茶苦茶ワクワクすると思いませんか?

海外旅行のときにデリに入ってみてください。
いわゆるコンビニ的な冷蔵庫に並んでいますよ。
見たことのないジュースがたんまりと。

スーパーは駄目ですよ。
オープン形式の冷蔵庫とか、冷えてなくて棚に陳列されたりしてますから、ワクワク感が半減します。
やはり冷蔵庫のガラス戸の向こうにキチッとこちらを向いて並んでないと。
スーパーで楽しめるのは袋菓子とヨーグルト、チーズなんかの乳製品コーナーです。

おなじみのコカコーラでも
「お~っ!日本語書いてないゾ!」
なんて楽しめます。

さて、私が渡米後最初にワクワクしながら選んだジュースは...
アップルサイダーでした。

当時私の日常では見たことがなかったので、「果汁系ジュースで炭酸なんて何事だ!?」とかなり強い衝撃を受けました。
外を歩きながら飲みましたが、ビンって困ります。
缶なら普通に設置されているゴミ箱に捨てれますが、ビンの場合は若干後ろめたさを感じます。
後ろめたさを感じながら捨てましたけどね。(笑)

ビンジュースの王冠がヒネッて開けられることにも感動しました。

2007年10月 9日

インディアンサマー

10月7日に行われていたシカゴ・マラソン(Chicago Marathon)で、記録的な猛暑の影響により1人が死亡、350人以上が病院に運ばれ、主催者側はレースを途中で打ち切る措置をとったそうです。

これ、インディアンサマーですね。

夏がおわり、秋らしくなりだした頃に突然夏が戻ってくるのです!
1週間くらいですけどね。

その現象のことをインディアンサマーといいます。

これが終わるといよいよ美しい秋。
セントラルパークは秋色満開で、落ち葉だらけとなりますが、自分で掃除しなくてもいいので美しいことこの上ないのです。
お昼には中華をテイクアウトして、公園のベンチで食べる... 最高です!
観光で訪れる方も一度お試しになってはいかがでしょうか?

ニューヨークの秋は短いです。
...思い出すだけで、行ってみたくなります。

2007年10月 8日

べーグル その2

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

前回の続きです。

ユダヤの友人に「べーグルはユダヤの食べ物だから、ユダヤ系のデリがいいんじゃない? おれの一押しのお店が katz のアパートのすぐ近くにあるよ。」とお勧めされ行ってみたユダヤ系のデリ。
86丁目とアムステルダムアヴェニューの角にそこそこ大きなレンガ色の教会があります。その教会のとなりにあるデリは一般的なデリのようなお菓子、新聞などは販売しておらず、ガラス戸の外には一切モノを並べないとても質素な佇まいで、バスに乗って外を眺めてても見逃してしまうほど主張がありません。

そんな店の前で思わず「回れ右」をして帰りそうになりましたが、「所詮べーグルじゃん。騙されてもしれたもんだ。」と気を取り直し入店。

初老の店員はとても紳士的な接客で、べーグルのことを訊いたら何でもわかりやすく答えてくれそうです。
プレーンなべーグルを注文すると、「ブルベリー入りもおいしいよ」なんて上品にお勧めしてくれます。
「じゃあそれも!」と2個購入しました。
値段はいつも買っていたデリより安くて驚きました。

お店を出るとまずプレーンのクリームチーズべーグルを袋から取り出し、パクリ...
「あり得ない...」
もう一口かぶりつきます。
「絶対にあり得ない...」

前から歩いてくる人に教えてあげたくなるくらいにヘブンリーです。

そのデリのべーグルは他店では味わえないモチモチ具合で、噛むほどにうまみを増し、クリームチーズと一体となっていきます。
その一つ一つがこれまでに体験したことのないレベルの高さなのです。

以降はそのお店に2日に一度くらいのペースで通いました。
学校帰りにちょっと遠回りして、食べながらアパートに戻りました。

そんなわけで、べーグルは私のニューヨークの味(B級グルメ)ベスト3に入っています。
中華のチキンwithブロッコリー、標準仕様のピザ、クリームチーズべーグルです。

高いレストランであまりの美味さに後頭部が麻痺したこともありましたが、帰国後なつかしく思い出し、また食べたいと思うのはB級ばかりです。
中でもクリームチーズべーグルは日本とのレベルの差が激しく、恋しさではダントツ一位です。

2000年にニューヨークを訪れた際、このデリに行き、袋一杯のべーグルを購入しました。
数としては20個くらいだったと思います。
これを日本に持ち帰って、日本で楽しんだやろうと目論んだのです。

結局スーツケースに入れて持ち帰ったのは10個くらいだったと思います。
成田からの道中は、宝を持ち帰る気分でそれはそれはウキウキでした。

ところが、家に着いてべーグルを取り出すと...
カッチカチで食べられませんでしたっ!

帰国日、空港へ行く前に立ち寄って買うべきでした...

今度ニューヨークに行くときは布団圧縮袋を持っていって、真空パックにして持ち帰り、冷凍保存してみます。(笑)

2007年10月 7日

べーグル その1

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

今でこそ日本でもパン屋さんで見られるようになったべーグル。
そういえばこの間冷凍食品のコーナーでも見ました。

出始めの頃はドーナツの形をしたパサパサのパンばかりで、べーグル本来のモチモチした食感を出せているものには出会えなかったですが、近頃はボチボチそれっぽいものが食べられるようになりました。

べーグルLOVEな私がはじめてその存在を知ったのは渡米後まもないころのデリでした。

ドーナツみたいな形をした物体がたくさん並べられた景観は、私の気を引くに充分なオーラを放っておりました。
「...なんじゃこりゃ? 縦の列で若干色が違ってるな... 味が数種類あるってことか... 油で揚げた肌ではないな... ということはドーナツじゃないってことだよね... なんじゃこりゃ?」

訊くとべーグルだといいます。
ただべーグルといわれても謎は深まるばかり。

安そうだし、とりあえず1個買ってみました。
噛みしめるほどに味わい深くなる不思議なパンは、私にとって新しい味でしたが劇的な出会いとはいえませんでした。

しばらくして...

デリにサンドイッチを買いに行ったときのことです。
私より先にいた女性客がべーグルにクリームチーズを挟むようオーダーしています。
「え~っ! そうやって食べるんだぁ~っ!」

お寿司屋さんでとなりの客が「まぐろ」を注文したときに、「あっ、おれも」といえる人と、いえない人がいます。
私は後者で、「くっそー!今おれが頼もうと思ってたのにタッチの差だよ...」と思いながら、となりの客が次の注文をするまで待つタイプです。(次もまぐろを注文されると帰りたくなります)

クリームチーズLOVEな私ですが、まぐろの例えの一面が邪魔をして、その場でクリームチーズべーグルを注文することはできませんでした。

翌日...

クリームチーズべーグルとの出会いはとてもヘブンリーで、今まで知らずに生きてきたことですごく損をした気分になりました。
噛みつくと脇からムニュっとはみ出すほどたっぷりのクリームチーズとべーグルは黄金のコンビネーションだと今でも確信しています。

しばらくすると、私の近所のデリのべーグルは実はいまいちだったことに気がつきました。
(もちろん私の好みという意味で...です。)

続きは次回...

2007年10月 6日

松田聖子さん御用達

私はこのブログをついこの間の出来事を思い出すように書いています。

意図的にそうしているわけではなく、実際には20年ちかくも前のことなのですが、感覚的にちょっと前でしかありません。
人間は少し前のことより、かなり古い話のほうが覚えていると聞いたことがありますが、本当にそうかもしれません。

どのくらい古い話なのかを測るネタを思い出しましたので、ご紹介します。

私が住んでいたアッパーウエストサイド、アムステルダムアヴェニュー沿いに松田聖子さんが買い物をしたという子供服のお店がありました。
残念ながらお店の名前は忘れました。 m(_ _)m

私も興味本位で入店してみたことがありますが、あまりのバツの悪さに1分といられなかったと憶えております。

実際には一度買い物をしただけかもしれませんし、実は私の聞き違いで別の店だった...なんてことかもしれませんが、このお店を紹介したいわけではありませんので、軽く左へ受け流していただきたいと思います。

さて、当時の松田聖子さんがなぜ子供服のお店に...といいますと、自分の娘さやかちゃんに着せるためのものを購入していたわけです。

さやかちゃんは今では神田沙也加、タレント、21歳です。
どうでしょうか?
特にこのブログを読んでいただいている20代の人にはどれだけ古い話かおわかりいただけるのではないでしょうか?

私にとってはついこの間のことなんですけどね。

2007年10月 5日

ビジネスクラス その2

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

...前回の続きです。

一瞬にして私を不安に陥れた、チェックインカウンターの女性。
「この場におよんでなんだよ~」

女性は私のチケットを持って、少しはなれたところにいたスーツの男性に話しに行きました。

「...。」

1分もかからなかったと思いますが、私の指先は何発カウンターをたたいたかわかりません。
女性は表情に変化なく戻ってきて、パソコン作業を続けました。
私のスーツケースとギターケースにはタグが取り付けられ、「お待たせしました」とボーディングパスが手渡されました。

「ビジネスクラス」と書かれています。
「何だよ!紙切れかよ!」と少々不機嫌な私。

出国を終え、搭乗口へ。
人であふれています。
こんなにたくさんの人がニューヨークに行くんだ...と妙に感心したのを覚えています。

飛行機に乗ってみると私の席は通路側で、隣り(窓側)にはサラリーマンらしき男性が座っていました。
「クッソー!景色見えないじゃん」←カウンターの女性に対して
眠れないし、揺れると怖いしで私にとっては最悪のフライトでした。

ところが...

実は私、このとき自分がビジネスクラスに乗っていることに気づかずにいたのです。
要は世の中にディスカウントチケットなるものが出回り始め、あっという間にメジャーになった時期だったので、ノーマルチケットを持った人間がほとんどいなかったのだと思います。
チェックインカウンターの女性は、大金を支払った私に気を利かせてくれてアップグレードしてくれたのでした。

では、そのことに私が気づいたのはいつでしょう?

ビザ取得のための一時帰国をした際です。
飛行機に乗り込み、「やっぱファーストクラスってすごいわ」なんて思いながら、自分の番号の列を目指します。
「そうそう。こんなだったなあ。」
ビジネスクラスのセクションを通り過ぎ...
私の眼前に広がったエコノミークラス。

しかも私の席は真中のブロックの、しかも真中の席...

往路でそうとは知らずに(それが当たり前という感覚で)乗ったビジネスクラス。
私は得をしたのでしょうか? 損をしたのでしょうか?
カウンターの女性が一言「アップグレードしておきました」と言ってくれれば、さぞ気分の良いフライトだったことでしょう。

そもそも私がビジネスクラスの存在を知らなかったことが一番の問題なのですが...
無知は時に残酷です。(笑)

2007年10月 4日

ビジネスクラス その1

こちらにまとめ編をアップロードしてありますので、どうぞ♪

物事を知らないということは時に得をし、損もしますよね。

私が初めて海外に出たのは渡米のときだったことは以前に書きました。
実はこのとき、エコノミークラスのノーマルチケット(往復)を購入しました。
海外旅行を計画したこともありませんでしたし、興味もなかったのでディスカウントチケットなるものを知りませんでした。
相談にのってもらった旅行会社の人が「ディスカウントチケット云々」と言っていましたので、言葉では認識しておりましたが、意味がわからず、知ろうという気もありませんでした。
その旅行会社の人が良いようにしてくれるだろうと考えていました。

私の条件ははっきりしていたので、それを伝えて任せるのがベストと考えました。

私の条件とは...
学校探しに行くので、いつビザ取得のための帰国をするか不明。
つまり現地で日付を変更できる必要がありました。

旅行会社の人のおすすめはこういうことでした...
3ヶ月間ステイできるディスカウントチケットがない。
一番安い往復のディスカウントチケットを買って、NY→東京を捨ててしまう。
実際にニューヨークから一時帰国する際には、現地でディスカウントチケットを買えば良い。

この方法は海外旅行慣れしている人にとっては至極あたりまえのことかもしれませんが、私には不安要素が多すぎました。最長で3ヶ月滞在するつもりなのに、入国審査のときにウソをつかなくてはならなかったからです。(チケットは帰国便が2週間後くらいできってあるので、2週間の滞在と言わないと辻褄が合わない)

次におすすめしていただいたのは...
ノーマルチケットを買うこと。
帰国便は変更も出来るし、五番街のJALオフィスで返金までしてもらえるから、その返金してもらったお金でNY→東京→NY のディスカウントチケットを購入すれば良い。
つまり往路の東京→NY分が高い買い物になってしまうけど、計画としては完璧とのことでした。

私もこの案に賛成しました。

いよいよ出発の日を迎えました。
成田空港までは問題なく行けました。
空港のこともわからないことだらけでしたが、男女7人夏物語で見た光景に感動しまくり、テンションが高かったので何とかなりました。

JALのチェックインカウンターに到着し、パスポートとチケットを係員に渡します。
すると彼女はパソコンのキーをカタカタと軽快にたたき、一瞬モニターを見つめる顔が固まり、こういいました。
「少々お待ちください...」

続きは次回...

2007年10月 3日

用心♪ 用心♪

私はニューヨークしか知りませんが、多分アメリカの都市部で生活すると、自己防御の感覚が身につくような気がします。

デパートなどの人混みで、知らない人が自分に少しでも触れようものなら...
即ズボン(パンツって書くべきでしょうか?)の右後ろのポケットをチェック!
財布を入れていたからです。

平日の昼間に道を歩いていると目前におじさん数名がたむろしています...
車道を渡って反対側の歩道を歩きます!
その先に同じ光景があったら...
もう一回もともといた側に移動!

アパートの鍵はキーホルダーにつけて、そのキーホルダーをズボン(パンツって書くべきでしょうか?Ⅱ)のベルト通しに引っ掛けていました。
存在がはっきり確認できる場所を選んで引っ掛けます。

お店などでケンカが始まりそうになってきたら...
即逃げる!

セントラルパークでリスを見かけたら...
近寄らない!

m(_ _)m

セントラルパークのリスは狂犬病を持っていることが多く危険です。
ちょっとウケ狙いの書き方をしましたが、ホントのことですよ♪

鍵をベルト通しに引っ掛けるのは、当時の日本人男性にはあまりないことでした(セカンドバッグ全盛期でしたから)が、ニューヨークで一般的な男性がよくやっていたのを真似てみたら、これが一番失くさない方法だと気付きました。

ところで、上で書いたようなことが最初は頭を使って「こうしよう」「ああしよう」といちいち判断→行動というパターンなのですが、そのうちに無意識に行動していることに気付きます。

何か考え事をしながら歩いていても、おじさんの集団がいたら、それが勝手に視界に入ってきて(見ている感覚ではありません)身体が自動的に反