2007年9月22日

湾岸戦争

アメリカで暮らした中で戦争が始まったことは貴重な体験でした。

やはり戦争を知らない私の危機感というものは小さく薄っぺらなものだったと思い知ったのが、湾岸戦争が勃発した瞬間でした。連日ニュースでは戦争が始まりそうな気配を報じていましたが、「まあそんなこといいながら、なんだかんだまとまっていくんだろうな...」と考えておりました。

実際、街に特別な緊迫感が漂っていたわけではありませんでしたし、友人とそのことを話題にすることもありませんでした。

ところが、戦争は突然に、あっけなく始まりました。

あれは(多分)1991年1月16日の夜でした。
テレビを見ていたら、一瞬ノイズが走り、次の瞬間ブッシュ大統領が映し出されました。

多国籍軍がイラクを空爆したと10分くらいだったでしょうか...落ち着いた口調で伝えていました。
「伝えていた」という感じでした。

戦争をしている国で暮らしたことのない私は一瞬で大きな不安に包まれました。
しかし、一夜明けてマスコミも世論も「3日で終わる楽勝モード」な感じで、あまり緊迫感があるように思えない状況でしたので、私も「すぐ終わるならまあいいや」と考えていました。

空爆の映像がゲームセンターか?と勘違いしてしまうほど客観的視線、ヴァーチャル感覚でテレビで放映されました。
軍事評論家はまるで自分ごとのように誇らしげに最新の武器の性能について語りました。
その影で死んでいく無実の市民がいることにはほとんど触れられませんでした。
「○○施設を破壊した」
そんな報道ばかりでした。

ベトナム戦争の反省がありながら、正義を振りかざし先頭きって乗り出したアメリカ。
実際にその場にいることで何となくですが、理由を肌で感じることができたと思います。

彼らは本土戦を経験していないせいか、親戚に軍人がいない家庭では「他人事」なんじゃないか?と思えるほど平穏な日々を送れます。

私たちが教えられた戦争は痛く、貧しく、悲しいことだったはず。
実際に子供心に突き刺さる残酷な現実を写した写真もたくさん残っています。
少なくとも私は戦争にポジティヴなイメージは全く持っておりません。

しかしアメリカにはそれがありません。
独立のために流した血、有色人種が立ち上がった歴史などは克明に受け継がれていくものの、戦争に関しては違うように思います。

同時多発テロではじめて自分たちの街が破壊され、あれだけショックを受けました。
あの惨事が語り継がれるように、戦争もそうされてこなければならなかったと私は思います。

そして戦争を知らない私たちは次世代に上手く伝えていけるのでしょうか...
伝えていかなくてはなりませんよね。

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