キャラ
海外で見る日本人は昨日のエントリーで書いた交差点の件以前に実は簡単でした。
私がニューヨークにいた頃は...のことですけどね。
特に女性2人組は姉妹のように見えました。
同じような髪の毛、同じような服装、同じようなメイク...それでいて二人とも小奇麗でそつないところがそう思わせたのだと思います。
でもこれは、日本で暮らしてごく普通におしゃれに関心があればそうなるものですよね。
趣味、感性の合うもの同士が友達となり、一緒に行動するので、尚更です。
そんな日本の社会の小さな一部を切り取って海外の街に置いてみると姉妹(兄弟)のように見えるのだと思います。
ところが、特にニューヨークは小さな世界と称されるだけあって、肌の色、髪の毛の色やスタイル、服装のバリエーションが大変豊富で、そこで暮らし、その風景に慣れてしまうと、さっきすれ違った日本人2人組と、今すれ違おうとしている日本人2人組の違いを言えなくなってきます。
もちろんそんなニューヨークにも若者文化はあり、私がいた頃はヒップホップがメジャーになりつつあるころで、黒人の若者を中心に、そのファッションは白人の若者にも影響し始めていました。しかし、そのこととここでいう日本人のケースは別の話。...というか、レベルが違うのです。
不思議なもので、自分が流行を発信している(影響を受けている)人たちと同じ世代だと、一つの流れの中でも微妙な違いがわかるんですよね。若者文化を一括りにしてしまうのは「もう自分がその世代に属していない」ということを悟る時期なのでしょうね。
そういう意味で私が日本人2人組以外で兄弟(姉妹)に見えたのは、宗教的つながりの人たち。
信仰心の厚い人たちが、集団になって移動するときはみな兄弟、親子、親戚に見えました。
それくらいのレベルで日本人は同じでした。
思いおこせば...
私がニューヨークにいた頃の日本人ファッションはワンレン、ボディコン!
カジュアルよりの人はデニムにポロシャツ、プロケッズのスニーカー、部分パーマ... 師匠は浅野ゆう子さん! だっけかな?
男子は尾崎豊的、桃太郎的ヘアスタイルにアラレちゃん的メガネ、Tシャツの裾はジーパンにインして...という感じでした。スーツはいかり肩+ダボダボパンツ。スーツを着る系の人は当時の玉置浩二的ヘアスタイルが多かったです。メンズノンノが創刊されたりして、男子もおしゃれに気を使えといった風潮がありましたが、何をどうすればいいのかマニュアルをこなすのに精一杯で、自分らしさなんてものは全く意識の対象外でした。
私も尾崎豊的ヘアスタイルでしたが、ニューヨークでは日本人以外でそんなヘアスタイルの男子は見かけず、結局すぐに角刈りにしました。
ところで...
海外で何十年と暮らしている日本人女性は独自の価値観を築き上げていて、流行に左右されず、その人以外のなにものでもないスタイルの人が多いです。
そういう人だから日本が窮屈で飛び出したのか、暮らしているうちにそうなるのか...
これは疑問です。



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